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走る神話は機械仕掛け  作者: 映見明日
第1章 ボーイ・ミーツ・マシーン
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機械仕掛けの脅迫

 ゲンたちの遭遇した事態は即座にユウたちの知ることとなった。ノアに搭載されたレーダーシステムによって襲撃者たちの姿が察知され、何が起こっているのかはガレージにいたまま伺い知れた。


 昨晩ノアが吹っ飛ばしたロボットは倒しきれていなかったのだ。それが再起動して増援を呼びつけたのか、あるいはやってきた増援が軽微な修理をして再起動をしたのか。いずれにせよ確かなのは今まさにナナコとゲンが勝ち目のない相手に襲われているということだ。


 「マスター」

 「分かってる」


 ユウは皆まで言われるより先に全部察した様子で立ち上がる。

 だがその足取りはシャッターを開放する前に停止する。後ろから着いていこうとしたノアも立ち止まった。

 そのまま動き出さないユウにノアが抑揚のない声を掛ける。


 「……行カナイノデスカ?」

 「バカな。どうして俺が奴らを助けに――」

 「『助ケニ』トハ言ッテマセンヨ」


 語るに落ちるとはこのこと、という奴だった。痛いところを突かれて振り向くユウとノアの視線が交錯する。


 「ヤハリ、止メタイノデスネ。アノロボットヲ」

 「何言ってる。昨日俺が無様にやられたの見てなかったのか?」

 「ダガ貴方ニハ、ワタシトイウチカラガアル」


 その言葉にユウがあの殺人ロボットの遭遇時より目を見開く中、ノアは続ける。


 「貴方ハ自身ノ発明ガ悪用サレタ場合ニ備エテイタ。ワタシヲ使エバアナタハ何者ニモ勝ルチカラヲ行使デキマス」


 これまで通りの平坦な音声で告げるノアにユウは眉間にしわを寄せた。


 「意味分かってるのか? 俺と一緒に戦場に出るってことだぞ」


 「ソレガワタシガ作ラレタ理由デス」


 ノアは言い切った。短い言葉だったがそこには十分すぎるほどの意味が籠っている。

 自分というマシンの中には戦う力がある。あなたがそう造った。なのにどうしてそれを使おうとしない? なぜその力のことに言及せず隠そうとした? 何を迷っているのだ? と。


 機械であるノアにしてみれば自分に備わった機能を使うのは当然のこと。むしろその機能を使うためにこそ製造されたと考えるのは自然なことだ。

 だがそんな役割に準じようとする言葉にユウは声を張り上げた。


 「違う! お前がいないと戦えない情けない奴がいるってだけだ」


 ノアと自分自身に言い聞かせるかのようにそう口にしたユウは、恥じるように目を伏せる。


 「こんな奴放っておけ。お前はもう……」


 自分に構わずどこへなりとも行けばいいと突き放すようなことを話すユウ。

 どうしてそんなことを言うのか分からないとノアはユウに問う。


 「ディバインエンジンガ大事デハナイノデスカ?」

 「大事に決まってるだろ」


 当たり前のようにユウは答える。作るのにとてつもなく苦労したのだ。大事でないはずがないと。


 「デシタラ――」

 「けど、お前もその一つじゃないか……」


 ユウがそう言った時ノアはユウの心に気付いたように動きを止めた。


 「俺は嫌だ。自分を助けてくれた奴を死地に付き合わせるなんて御免だ。そんな人間の屑みたいなことできない」


 ユウは絞り出すように本心を口にする。

 多くの人々の危機を前にそれは子供の我儘じみたことかもしれない。けれどそれがユウの偽らざる思いだった。


 機道ユウという少年は決してただ冷たい心の持ち主だったわけではない。その心には確かに優しさもあったのだ。


 だからユウはノアを戦いに巻き込むことを拒んだ。たとえ世界を敵に回しても、自分のことを助けてくれた恩人をむざむざ危険にさらすことなど許容できなかった。たとえ相手が人間でなかったのだとしても。

 だからユウはノアを守ろうとした。他の何よりも優先すべきことにノアを置いた。


 しかしそれは事態を好転させる選択肢では決してない。


 「デスガコノママデハ」とノアは告げる。


 ユウも分かっている。こうしている間にも事態は悪い方へと動いている。

 ゲンとナナコは今この瞬間もロボットたちに襲われ逃げ惑っている。


 幸いにしてロボットたちは山道は苦手だたらしく、その地の利と周囲に身を挺してまで守らなければならない民間人がいないこと、戦っても勝てない相手だとゲンたちが最初から分かっていたこと。いくつかの要因のおかげで何とかしのいでこそいるがそれも時間の問題だ。


 このままでは二人は殺される。


 それに二人のことを抜きにしても、このまま事態を放置すればロボットを作った何者かは際限なくディバインエンジンを悪事に利用し続けることになる。それはユウにとっては決して許せないことだ。


 けれど……いや、だからこそユウは迷う。


 「それでも俺は……」


 もしもノアが意志を持たぬただの道具であったのならば違ったかもしれない。遠慮なくノアを道具として使い、悪用された自分の発明を取り戻すためにユウは立ち上がったかもしれない。


 だがもうそれはできないのだ。ノアは意志を持ちただの道具ではなくなったのだから。それを想うが故に、どちらを選んでも何かを犠牲にする苦境にユウは立たされていた。


 ◇


 ジレンマに苦しむユウの姿をノアは見ていた。動き出さない背中がユウの心を如実に示す。


 奇跡の発明をした天才的な頭脳をもってしてもどうすべきか答えを出すことはできす、時間だけが進んでいく。


 前に進むことも後ろに逃げることも許されぬ葛藤。それはきっとこのままでは永遠に続くものだ。だが道は選ばなければならない。止まっているなら生きているとは言えない。


 だからノアは決心した。ユウの背中を押す……もとい跳ね飛ばすことを。


 突如としてノアのエンジンは唸りをあげ、加速した鉄塊がユウに振り向くことすら許さず激突した。


 ◇


 完全な不意打ち。まだ昨晩の痛みが僅かに残る体は受け身も取らずに宙を舞う。迷いも葛藤も、ついでに体も吹っ飛ばされ、シャッターに人型のへこみを作って転がるユウ。


 「痛っ……いきなりなんだ!?」

 「ワタシヲ舐メルナトイウコトデス」


 かなりの威力だったはずだが痛いで済ませてほこりを払って立ち上がるユウにノアは告げる。


 「アナタノ気持チハ嬉シイ。デスガ、アマリフザケタコト抜カスナラ殺シマスヨ」


 平坦な口調のまま物騒なことを言いだすノア。確かに今のはユウが普通の人間だったら確実に命がなかった。しかしなんだって突然そんなことをするのかユウには分からない。


 「ふざけたことだと?」


 疑問を口にするユウにノアが語ったのは、至極単純な戦う理由だった。


 「一緒ニ旅ヲスルノガ楽シミダト言ッタハズデス。コノママ全テ無視シテ逃ゲ出シタラキット笑エナイ。貴方モワタシモ。ソレハ誰モ望ンデイナイ」

 「お前、まさかそんな理由で戦うつもりなのか?」

 「ダメデスカ?」


 純真無垢。子供っぽいとすらいえるが、それは真理をついていた。逃げ出せば安全は手に入る。だがそれは心を捨てる行為。心も命も、自分のすべて満たすには前に進まなければならない。戦って勝たなければならない。

 機械の声がその原理原則をユウに突き付ける。


 「道ハフタツニヒトツ。共ニ戦ウカ約束ヲ違エ、ココデワタシニ殺サレルカデス」

 「それ脅迫じゃないか……」


 若干呆れつつもユウはノアがなぜ自分を跳ね飛ばしたのか気づいた。


 それはノアなりの意思表示だったのだ。嫌なことなら力づくでも、あなたを殺してでも拒否できる。自分の意志はちゃんとある。だから無用な遠慮などしないでほしいと、精一杯行動で示したのだ。

 それを理解したユウに疑問が生まれる。


 「どうしてそこまで?」


 何のために戦おうとするのか、なぜ自分と共に旅することに拘るのかユウはそれを聞いた。


 「分カラナイ」とノア。


 まだ生まれたての心には全てを説明できるだけの経験がない。だがそれでも自らにできうる限りの言葉を紡ぎ思いを口にする。


 「タダ、貴方ト笑イ合イタイ。ズットソウ思ッテイタ気ガスルノデス」


 ものすごく不明瞭でそれでいて単純な答え。だからこそ美しい。抑揚のない機械音声はその飾り気のない素直な意思により、葛藤で時を止めつつあったユウの心を動かし始める。そして……。


 「多少ノ危険ナラ付キ合イマス。ダカラ貴方ノ命ヲ下サイ。ワタシノ願イノタメ、ソシテ貴方ノ望ミノタメニ」


 自分の都合でノアを犠牲にすることを嫌がるユウにノアが告げたとどめの一言は、共に危険を犯し、共に願いを叶えようという宣言だった。

 今度こそその言葉がユウの心の背中を押した。


 「……いいのか?」


 まだ若干躊躇いがちに聞くユウ。勿論だと答える代わりに全身のライトや可動部を煩いくらい動かし、これでもかとエンジンを高鳴らせるノア。その挙動がおかしかったのか、それとも嬉しかったのか、ユウが口角をあげた。


 「フッ、あははははっ!」


 声をあげて笑うユウ。初めてユウが笑うところをノアは見惚れるように眺める。

 やがて息を整え真面目な顔になったユウは言った。


 「いいだろう。乗った。俺の命、お前にやるよ」


 少し弾んだ声をあげてユウはノアのハンドルを握った。

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