堕ちてきた奇跡
数秒、それとも数分たった後か、気を失っていたユウが目を覚ます。全身打ち付けられた痛みを感じながら体を起こすとすぐに違和感に気付いた。
「……? 強化システムが停止している? まさか!?」
慌てて辺りを見回すユウ。落ちてきた謎の光はもう感じない。代わりに光が落ちてきたはずの場所に倒れているオートバイがあった。ユウは即座に駆け寄り、体が急に重くなった訳を理解した。
ノアのエンジンはピクリとも動かなくなっていた。それは開発者のユウをしてありえないはずのことだった。なぜならそのエンジンは永久機関なのだから。
「有り得ない、ディバインエンジンが止まるはずは――」
異常の連続にも努めて冷静に何が起きたのか確かめようとするユウだったが、背後から忍び寄った者に首を掴まれた。
「!? 貴様、まだ――」
最後まで言わせてもらえずユウの体は宙に浮く。隕石に吹き飛ばされたせいかロボットは各部の装甲が外れていたが、それでもなおユウを殺す意思は健在だった。
必死に逃れようともがくユウだがもはや抵抗の余地はない。強化システムが動かなくなった以上対抗のしようがない。
首を掴む機械の指先に力が籠められ、徐々に喉が潰され、脊椎が声にならぬ悲鳴を上げる。意識が遠のき、ここで死ぬのだと嫌でも理解させられる。
――そうか。ここで終わるのか。とうとう終わってしまうのか。
迫る終わりを潔くユウは思わず受け入れそうになる。
だが、霞んでいく視界の中でユウは、目の前で倒れている自分の相棒となるはずのマシンを認識する。自分が死ねばここに置き去りにされ朽ちてしまうだろう愛車、共に旅をするはずだったオートバイの姿がユウに土壇場で最後の悪あがきへと導いた。
「ダメだ……まだ、俺は……なにも……。俺には、まだ……」
自分でも何をしているのか分からないままにユウはノアに向けて手を伸ばした。
……その時奇跡は起こった。助けを求めるように伸ばされた手に応えるかのように、これ以上ない奇跡がユウの目の前で発動した。
「ソウデス。マダ、ワタシト旅ニ出ル予定ガ残ッテル」
初めて聞く声だった。機械的な感情のない合成音声じみた声。それが発せられた直後、静寂をつんざいてエンジン音が鳴り響き、ユウの全身の強化システムが再び動き出す。
「伏セルノデス」
抑揚のない声に導かれてユウは取り戻された力でロボットの腕を振り払い身をかがめる。直後その頭上を高速回転する車輪が通り抜けロボットに炸裂。装甲を削り取り弾き飛ばした。
彼方まで吹っ飛んでいったロボットは内部機構を損傷してそのまま動かなくなる。
「無事デスカ、マスター」
問いかけてくる合成音の主にユウは息を整えて視線を向ける。さっきまで倒れていたはずの一台のオートバイが乗り手もなしに自立していた。
それは間違いなくユウが手ずから開発したスーパーマシンであるノアだった。そんな風に作った覚えはない。言葉を理解するための機能は搭載していないし、ましてや口を利くなんてありえない。
だが実際にノアは今目の前で各部のライトを明滅させ稼働個所をしきりに動かして存在をアピールしている。流石のユウも状況が飲み込み切れなかった。なんでこんなことになったのかも、なんでそんな風に呼ばれるのかも。
「マスター?」
「貴方ノコトデス。最適ナ呼称ヲ設定シマシタ」
会話が成立した。そのことに素直に驚いてしまうユウにノアはさらに言う。
「サア、増援ガ来ナイトモ限ラナイ。サッサト乗ルノデス」
平坦な口調ではあったが急かしているのは分かった。指摘は真っ当だったし、ここで考えても何にもならない。ユウはノアに促されるまま、そのハンドルを握った。
ユウが運転操作をするまでもなく勝手に発進するノア。そのタンクにはユウの設計にはないパーツ、墜ちてきた発光体と同じ輝きを放つ綺麗な結晶が組み込まれていた。
◇
ノアは傷ついたユウを載せて木々の間を器用に駆け抜ける。ユウがノアを組み立てた照明のないガレージが山の頂上を挟んで反対側にあった。
「どうなってる? さっきの発光体……この結晶のせいなのか?」
ハンドルから両手を離しても一人で走るノアを目の当たりにしユウは疑問を投げかけた。ノアのタンクにくっついている結晶。それこそが落ちてきた発光体であることは状況から推察できるが、流れ星に撃たれてオートバイが喋りだすなど前代未聞に違いない。
無線通信も利用できるのか遠隔操作でシャッターを開けたノアはガレージの中で停車しながらユウの疑問に答える。
「不明デス。ワタシガ”ノア”ダトイウ事シカ、マダワタシニハ分カラナイ」
「それじゃお前……」
ノアから降りつつ、何か言おうとしたユウだったがそこで全身から力が抜けた。全身の傷は思った以上に深刻だったらしい。
ふらついて床に倒れこむ。ところがユウが固いコンクリに頭を打つ寸前、ノアの結晶が輝きを放ちエンジンが高鳴る。途端に何かがノアの車輪を伝って床に注ぎ込まれ、床の硬度を書き換えた。
「物性改ざんだと……」
摩訶不思議な現象だったが、ユウにはその能力に心当たりがあった。だから驚いたのは柔らかい床に受け止められたことではなく、ノアがその現象を操ったことに対してだ。
しかしもはや頭を使える状態ではない。クッションのように変えられた床に沈み込むユウの意識は容易く眠りに誘われる。
「今ハ自己修復ヲ早メルタメ休ムベキデス。大丈夫。ワタシガアナタヲ守リマス」
薄れていく意識にノアの抑揚のない声が冷たく響く。感情の分からぬ合成音声。だけどユウにはその声は優しく心強く感じられ、なぜノアが自我を持ったのかなんて思わずどうでもよくなりそうだった。そんなことより、なぜそんなことを言ってくれるのかの方が重要に思えた。
「どうして……」
「明日ニハ一緒ニ旅立ツ約束。ワタシモ楽シミナノデス」
ノアの答えはまるで機械とは思えない感情的なものだった。合成音声で口にされたその言葉の真偽は判別のしようがない。
けれど、ユウにはなぜかそれが言葉通りであると信じられた。
「そうか……それは、俺も……楽しみだ……な……」
とうとう限界が訪れユウは目を閉じる。
突如として喋り出した得体のしれないマシン。人間を屠る殺人ロボットをも蹴散らすような存在を前に無防備を晒す。
それは危険な行為なのかもしれない。だがユウはノアに怖れを抱かなかった。だって柔らかな寝床の感触は本物だ。どんな疑問よりもノアが自分のために力を使ってくれた事実の方が大事に思えた。
その力はディバインエンジンに由来するとユウは知っていた。人々が神の動力機関と呼ぶそれには途方もない力が秘められている。
その力を考慮すればノアが自我を持ったことは奇跡ではあっても不思議ではない。
開発者だからこそユウはそう受け入れて、安堵の中ノアの心遣いに沈んでいった。