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走る神話は機械仕掛け  作者: 映見明日
第1章 ボーイ・ミーツ・マシーン
3/82

来訪者、襲撃者、墜落者

 白銀のオートバイが商店街の端でユウを待っていた。


 「ダメだ。俺はやっぱり人間を……」


 ヘルメットを片手に組みあがったばかりの愛車にごちると、その孤独を象徴するかのように一人分しかないシートにまたがる。

 なんとなくスロットルを回すとエンジンの唸る音が高まった。ユウはその音色が自らの雑念を消し飛ばしてくれるような錯覚を覚えて目を閉じた。


 「お前の音だけは心地いいのに」


 見聞きする何もかもが目障りに耳障りに感じられる中で、その音だけはこの世の何よりも心地よい気がして、しばらく聞きほれていたいくらいだった。だが……。


 「うわあっ! いい音ですね!」


 突然声を掛けられて目を開ける。見れば横に丸い眼鏡をかけた女がいた。


 「このバイクあなたが作ったんですか?」


 女は興味津々と言った様子でバイクを見つめて聞いてきたがユウと目が合うと途端に様子が変わった。


 「……ご、ごめんなさい急に。え、えーと、その……」


 急にどもって声がどんどん小さくなっていく。


 「あ、あの、その私、麻宮ナナコと言います。その――」

 「そうか。生憎と俺には名乗れる名前がない」

 「え?」


 突然コミュ障になった女ににべもなく告げるとユウはヘルメットをかぶりバイクのスタンドを畳む。そしてそのまま止める暇も与えることなくバイクを発進させた。


 「えぇ……」


 走り去られて女は途方に暮れる。が、やがては何かを思い出したのか携帯でどこかに連絡を取った。


 「班長! 見つけましたよ! ええ、間違いありません。あんなもの作れるのはこの世に一人しかいないです」


 ◇


 再び夜が巡ってきた時、ユウの姿は街の外れにある山の中にあった。木々の中の開けた場所には焚火が焚かれ、傍らに置かれたノートパソコンはユウの趣味なのか子供向けのヒーロー番組をエンドレスで再生している。

 それらの音色をBGMにユウは、この一年雲隠れして開発していたマシンの最終調整を行っていた。


 「初乗りの具合は良好。エンジン稼働状況も問題なし。全機能設計通り」


 白銀のオートバイの内部構造を丁寧にチェックしたユウはそう呟いて点検のために外していたパーツを組付けなおした。


 「完成だ。8月19日。今日がお前の誕生日だ。ノア……」


 ほんの少しだけ優しい声色でユウは最終テストまで完璧に突破した愛車に語り掛けた。


 風すら裂いてみせそうな二つの車輪に、力強いまなざしの単眼ヘッドライト。美しい曲面と鋭いエッジが高度なバランスで融合したカウル。細部にまで及ぶ作り手のこだわりを覗かせるほどよく露出した内部メカ。

 芸術品とまで呼ばれる域にまで洗練されたデザインのそのオートバイこそ、神の領域に踏み込んだ天才エンジニア機道ユウがその命を懸けて完成させた最高傑作だった。


 ノアと名付けたオートバイの表面を撫でたユウは。今やるべきことはすべて終えたと一息ついて焚火の前に腰を下ろした。


 ふと見上げれば曇りなき夜空にいくつもの光点が並ぶ。煌びやかな星々を瞳に映してユウは呟く。


 「明日には出発か。どんな旅になるだろう。……俺は何処かにたどり着けるだろうか……」


 誰もその問いに応えはしない。星は太古より人の願いをただ聞くだけ。ノアにだって人工知能の類は搭載されていないし、この場には他に誰もいない……はずだった。


 「!?」


 何かに気付いたユウは大急ぎで焚火をかき消しノートパソコンを強制シャットダウンする。月明り以外の光を消して木々の向こうの暗闇に対し身構える。

 闇の中に何かがいた。その何かは邪悪な気配を放ちユウの神経を逆なでながら近づいてきて、やがて止まった。


 「……!?」


 なぜ止まったのかとユウが眉をひそめた次の瞬間、轟音が鳴った。その正体はすぐに判明する。ユウが見つめる先にあった大木の一本が根元から折れて倒れ込んできた。


 「嘘だろ……」


 大木の質量はユウを押し潰すに十分。避けなければ確実に圧殺される。

 だが避けることはできない。一瞥した背後には、つい今しがた完成したばかりの大事な愛車がある。


 冗談ではない。こんなことでノアに傷をつけられてはたまらない。ユウは避けず、退かず、ノアを守らんと迫りくる大質量に立ちはだかる。


 それは無謀極まる蛮勇。……否、昼間不埒な男3人をぶちのめした時に使った超人的なパワーをもう一度披露するだけだ。

 突き出された2つの腕。それは一切怯まず倒れ込んできた大木を受け止めた。


 「ぬうっ!」


 風圧でたなびくコートは伊達や酔狂ではない。それもまたユウの発明。ノアのエンジンからのエネルギー供給を受けて稼働する強化服。背後に控えるノアのエンジンの高鳴りに連動して何倍にも引き上げられるユウの腕力は、地に足を沈ませながらも大木を押し返す。


 「ぬおおおおおおおっらあっ!!」


 押し返された大木は一瞬宙に浮きあがり何もない地面に叩きつけられる。

 だがまだ終わっていない。攻撃を仕掛けてきた奴がまだ残ってる。油断なく大木が倒れてきた方角の暗がりをユウが睨むとそれは現れた。


 「なに……?」


 月明かりの中に出てきた相手の姿を見てユウは驚愕した。


 そこにいたのは一体の人型ロボットだった。しかも見るからに平和とかと対極にあるデザインの奴だ。怪しさ満点の黒いカメラアイがユウに焦点を合わせて不気味な音を立てている。

 こいつは絶対に危険な奴だとユウは即座に直感した。そしてそれは正解だった。


 「ロボット? 何だお前は――」


 問いかけが終わるのも待たずロボットは襲い掛かってきた。


 「っ……!?」


 咄嗟に後ろに飛ぶユウ。空を切ったロボットのパンチは地面に激突し、ただの一撃で地面を大きくえぐった。


 「なんだこの威力は!? あり得ない。まさか……」


 まともに食らっていれば一撃で死んでいただろう。攻撃性能のとんでもない高さに戦慄するユウ。その隙を逃さずロボットは追撃を仕掛けてくる。

 何とかユウは躱しきろうとするが、ロボットの性能はパワーもスピードも強化服を使用したユウのそれを上回っていた。

 攻撃までを凌げたのは4発目までだった。5発目でユウはあえなく吹き飛ばされた。


 「っはあっ……!」


 みぞおちを貫く衝撃に口から血が吐き出され、勢いのまま地面を転がる。

 勝負はついたも同然だった。けれどもロボットが欲しいのは勝利ではなくユウの命らしい。息があるのに気づくととどめを刺そうとゆっくり近づいてくる。


 ユウは強化服の恩恵でなんとかダメージを抑えたに過ぎない。次で確実に終わらせるとユウに近づくロボットは進路上にあったノアを乱暴に払いのけようと手を伸ばす。


 瞬間、ユウは痛みをはねのけ立ち上がりノアに触れようとした手を必至に抑え込んだ。


 「やめろ。貴様ごときがノアに触れるな!」


 相手は確実に格上。まともにやり合っては勝ち目はない。この場は脇目も降らず逃げるのが最善手。そう理解しているのにユウは思わず叫んでいた。


 だがそれは今度こそ紛れもなく愚かな蛮勇だ

 ボロボロなくせに、勝てもしないくせに、激情を露わに立ちはだかるバカをあざ笑うかのようにロボットはユウの頭蓋を砕こうと腕を振り上げる。



 その時だった。突然夜空に光が輝いた。

 思わずユウもロボットも空を見上げる。


 そこには月よりも明るく、どんな星よりも輝く青白い一点の閃光があった。


 「なんだこの強烈な……優しい光は……」


 何故かその光はユウには優しさを感じさせた。一方でロボットに対してはカメラを不調にさせる波長でも発していたのか挙動をおかしくさせる。

 自分を救うように現れたその光に刹那の時間心奪われるユウだがよく見ればその光がだんだん大きさを増していることに気付く。

 一体なぜなのか答えはすぐに出た。


 ――大きくなっているんじゃない。あれは、こっちに向かって落ちてきてるんだ。


 そのことを理解するのとほぼ同時、その発光体はこともあろうにノアに吸い込まれるように墜落。発生した衝撃波がユウも、ロボットも、何もかも全部まとめて吹き飛ばした。

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