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走る神話は機械仕掛け  作者: 映見明日
第1章 ボーイ・ミーツ・マシーン
2/81

機道ユウ19歳 自称無職 他称神

 滅亡へのカウントダウンが始まったあの日から19年と364日。その夜とある場所で一人ぼっちの人影が蠢いていた。


 ノートパソコンのディスプレイの僅かな光だけが、人影とその足元にいくつか散乱する特殊な工具を照らす。照明の類は最初からついていない部屋の中、人影はディスプレイに表示される異様に難解な設計図を基に一台のマシンを組み上げていた。

 一心不乱に組み立て作業を遂行していた人影は、どこの言語かも分からないプログラムコードのインストールの完了を確認すると、ついに最後のパーツを組み込んだ。


 「これで残すは最終仕上げだけ……」


 文字通り心血注いでようやく漕ぎつけたマシンの完成。人影はマシンに話しかけるように声を発し、滑らかなその外装を撫でた。当然返事などあるわけもないが、人影は気にもせず自分とマシンを繋いでいた一本の赤いケーブルを外す。

 ケーブルをマシンの中に丁寧に収納すると人影は、自分の頭から延びる長い頭髪に触れた。


 「……このままじゃかっこ悪いか」


 1年以上にわたって何の手入れもせず伸ばしっぱなしだった長い髪の毛は酷い有様。ずっと放置してきたその不格好さをようやく気に留めた人影は、どこからともなく取り出したハサミで自ら頭髪の整理をする。それが終わるころ部屋の中に光が差し始めた。


 入り込む陽光が二つの姿を映し出す。

 エンジンの能力をタイヤに伝え、二つの車輪で駆ける鋼鉄の馬。俗にオートバイと呼ばれる代物。

 そしてそれを作り上げた黒いコートに白いマフラーを纏う少年のどこか荒んだ眼差しを。


 ……いつの間にやら、滅亡へのカウントダウンが始まってから20年の歳月が経過していた……。

 

 ◇


 8月19日。その日は世界中の多くの人にとって重要な意味を持つ日付だ。


 なにせ、世界を滅ぼす存在が宇宙より飛来したという、忘れることなど不可能な出来事が起こった日なのだから。


 有体に言ってしまえば20年前の今日、一つの隕石が地球に落ちてきた。それによって世界は一度滅亡しかけたのだ。

 といっても恐竜時代や、映画の感動巨編に連想されるような巨大隕石の衝突で地殻が割れ大地の表層が焼けてめくれ上がるとか、そんな天変地異が起こったわけではない。


 その隕石はそれほどの威力を持つほど大きくはなかったし、実際にそれが壊したのは建物一戸だけだった。

 つまるところ、問題なのは落ちてきた場所と、落ちてきたものだったわけだが、そんなことは今では小学生の教科書にだって記載されている一般教養だ。義務教育を受けてないスラムのガキだってその程度のことは知っている。


 だというのに人々は毎年この日になればやはりそのことばかり話題に挙げる。記憶を風化させないためといえば聞こえはいいが、実際のところ苦しみや辛さを思い出すだけで大事なことはとっくに置き去りにしてしまっているのに。


 都心をいくらか外れたところにある小さな町でもそれは同じこと。人々はあの大事件が起きてもう20年もたつのかと無意味な感慨にふける。


 そんなところに突如としてその人物は出現した。


 この国の8月は間違いなく真夏日。にもかかわらず黒いロングコートに白いマフラーという特徴的すぎる出で立ち。ご丁寧に指先までグローブに覆われ、髪もやや長めなせいで肌の露出はほとんどない。それでいて僅かに覗く顔立ちは女とも男ともつかないなんとも中性的なものだった。

 歳は成人に届かないくらいのその怪人物は、その奇妙な容貌ですれ違う人たち戸惑いを与えながら歩き進む。やがて商店街の中にある昼時を過ぎて客足のない中華料理屋に立ち寄り、カウンター席につくとメニューをろくに見もせず一番上に記載の品を注文した。


 注文通り運ばれてくるラーメンをしばらくの間長い髪の隙間から覗く眼は観察していた。

 不審に思った店主に「食べないのか?」と促されると「ああ、そうだな」とようやく箸を取り丁寧に手を合わせる。


 「……毒なんか入ってるわけないよな……」


 麺を口に入れる直前に小さくつぶやいた声は店主の耳には聞き取れなかった。

 とはいえ、食事を始めてもグローブを取らない態度や、マフラーをずらしてより露になるそれなりに整った性別の判断がつかない顔つきは十二分に店主の興味を引いた。


 「あんた。男? なのか?」

 「一応そうなってるが……、なぜそんなつまらないことを聞く? 都合のいいほうを選ばせてくれるのか?」

 「え? ああ、いや……」


 ぶっきらぼうな物言いに店主はすぐに話しかけたのを後悔し閉口する。

 すると静まり返る店内で備え付けの型落ちテレビの音が嫌に響いた。


 『サイバーメテオが落ちてから今日でちょうど20年です』


 ワイドショーのキャスターが言っていた。


 サイバーメテオ。20年前落ちた隕石は今ではそう呼ばれていた。なぜならその隕石の正体は地球のネットワークなど簡単に汚染することが可能な異星人のテクノロジーだったからだ。


 『地球外文明のコンピュータとされるサイバーメテオ。それがもたらした全世界規模のあらゆる機械の暴走に多くの人が世界の終わりを確信しました』

 『だがたった一人の天才が世界を救った。それも僅か6歳で』


 知識人枠の出演者がキャスターの言葉に付け足した。


 『彼こそ本物の神とあがめる人の気持ちも分かります。1年前の事故で若くして亡くなられたのが本当に惜しまれる』

 『そうですね。サイバーメテオにアクセスし異星人のオーバーテクノロジーに触れた天才エンジニア機道ユウ。彼の遺した永久機関”ディバインエンジン”は国内に50、国外にも50基設置され今も人々の平和な暮らしを支えています』


 台本通りなのだろう。キャスターが決まりきったセリフで次のコーナーに移ろうとする。

 その時不意に、店主は奇妙極まる客が独り言じみた疑問を口にするのを耳にした。


 「笑えんな。平和か? この世界が……」

 「そらそうだろ。まったく機道ユウさまさまだ。同じ国に生まれたのを誇りに思うぜ」


 文句言いたげな口ぶりに店主は思わず反論すると、彼は感情を隠すように目を伏せて小さい声で言った。


 「……お前は何もしてないだろ」


 「え?」と問い返す店主に、彼は「ご馳走様」とだけ言って席を立つ。テーブルにスープまで綺麗に飲み干された器とラーメンの代金としてはかなり多い金を置いて。


 釣りも受け取らずコートとマフラーを翻し店を出ていく彼の顔は、ちょうど画面が切り替わってテレビに映し出された機道ユウの顔と同じものだった。


 ◇


 「……死人に口なし。俺に人権なしか」


 店を出た少年は呟いた。

 機道ユウ。それこそが1年前に死んだはずのこの世界の救世主である、彼の名前だった。


 だが彼はその誉れある称号とは裏腹に不機嫌そうだった。

 それはきっと素顔非公開だったのに死んだ途端に顔写真をばらまかれたことが気に入らなかったからだけではないだろう。帰路につくユウの前に言い争っている集団がいた。


 「またいつ機械が暴走するかもわからない。我々は機械なしで生きられるように進化すべきなのです」

 「いいや。神の御心のままに。彼の者に救いを求めることだけが人類に許された道だ!」


 どうやらかつての惨劇の結果生まれた特異な思想の持ち主たちが衝突しているらしい。今日という特別な日に何かやろうとして鉢合わせしたのだろう。

 ユウは冷ややかな目で対立する両者の間を突っ切った。彼らはあっけにとられて一瞬だけいさかいをやめるが、またすぐに始めた。


 なぜか誰もユウのことには気づかない。先ほどの中華店の店主と同じように。

 それはユウの持つ力のせいだ。世界を救った少年はそれに相応しい特別な力を備えていた。


 けれど、いやだからこそなのか彼は表通りで争いを続ける者たちに軽蔑の眼差しだけ向けて通り過ぎると、何かに気づいて裏通りに寄り道をした。


 そこでは3人の男に女が襲われていた。

 表通りで誰かがご立派な思想を掲げ、世界は平和だと人々が謳う裏側で起きる凶行に機道ユウは一人だけ気づき、臆することもなく近づいて行った。


 「あ? なんだてめえ?」


 男たちはユウに気づくと威嚇してきたがユウは言葉を返さずただ近づいていく。男たちは舌打ち混じりに目撃者を排除しようと襲い掛かる。


 その瞬間、ユウはその小柄な身体に宿す絶大な力を容赦なく振るった。


 10秒後、男たちはそれぞれ殴りつけたはずの拳を割られ、手足を捩じ折られ、首を圧縮された挙句壁に叩きつけられた。

 あちこちの壁や地面がへこみ、男たちはのたうち回り痙攣する。まさに阿鼻叫喚の惨状に、助けられたはずの女も一方的な暴力を披露したユウに戦慄し震える。

 その怯えた顔を一瞥だけしてユウは踵を返す。


 「どいつもこいつも……かっこ悪い生き方しやがって……ホント、笑えない」


 誰に向けたかも定かでない言葉だけ呟いてユウはその場をあとにした。

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