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走る神話は機械仕掛け  作者: 映見明日
第2章 ミチとの遭遇
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機械仕掛けの祈り

 その日の晩。2班たちの姿は小さな中華料理屋にあった。ユウが昨日訪れたあの店だ。昼間とは違ってそこそこ客足のある店内は活気があった。加えて外からも町のあわただしい声やサイレンの音が聞こえてくる。


 あのあと、所轄の警察に不良グループは全員無事に引き渡された。残っていた証拠から彼らが攫った人たちを人身売買の商材にしたり、開放を餌に死ぬまで戦わせて見世物にしていたことが判明した。そのほか口にするのもはばかられるような犯罪の証拠も早々に見つかっており、あとは通常の司法の管轄。


 というわけで、やるべきことを終え空腹という問題だけが残された2班は夕食を食べるために料理屋を訪れていた。

 事件解決と初の対殺人ロボット戦勝利を祝して他の客の迷惑にならない程度に盛り上がる2班たち。今日はゲンの奢りである。


 しかし、そういう祝い事なら大っぴらに酒など飲めるようなもっとふさわしい店もあっただろうにどうしてこの中華料理屋なのか。その理由は2班が招集がかかれば夜中だろうと出動せねばならない職務であることともう一つ、この食事会に未成年者を誘っていたからだ。


 店の奥隅の2人掛けのテーブルでユウとゲンは向かい合っていた。この店はユウの指定だった。単にユウはこの店しか知らなかっただけだが。とはいえ『この店でいいのなら』と言ってしまったユウは、ゲンがそれを受け入れれば誘いに乗るしかなかった。

 頬杖をついて露骨に不機嫌そうなユウに、ゲンもあえて取り繕わない落ち着いた態度で話しかける。


 「すまないな。今日は助かった」

 「助けた覚えはない」

 「俺たちだけでは危険と思って同行させたんだろう?」

 「……そんな話をしに呼んだのか? 俺はさっさと次に行きたいんだが」


 はぐらかすようにユウは呼びつけた理由を話せと急かす。あの殺人ロボットは組織とやらにもらったと不良たちは言っていた。まだ戦いは続くのだ。


 「あてはあるのか?」

 「走り回って探すだけだ」

 「つまりはノープランか。なら取引をしないか?」


 取引。それがゲンがユウを呼んだ理由だった。


 「こちらは捜査情報と人手を提供する。それとお前の犯す罪に目をつむる」

 「罪?」

 「今日だけで公務執行妨害、銃器不法所持、暴行障害。今この場でしょっ引ける」


 さすがのユウも心当たりがあることを列挙されては話を聞かないわけにもいかなかった。


 「したたかな奴だ。条件は?」

 「上を黙らせるのを手伝え」

 「……それだけか?」


 あまりにも少なすぎる条件に驚くユウにゲンはうなづいた。


 「俺の最優先は部下を死なせないことだ。そのためなら謎の女の連絡にもすがるし、お前の力も利用したい」

 「お前……」


 ユウは初めて感心したような顔を見せた。


 ユウはずっと不思議だった。ゲンのような種類の男が、いたずら電話みたいなものに頼って訪ねてきたことが。その理由にようやく合点がいったのだ。


 ゲンは部下の命を守るための判断を優先していただけだったのだ。保身や出世ではなく、やるべきことを選べるタイプ。

 それに気づけば彼の気苦労も知れる。たった7人の弱小部隊を生き残らせるのはきっと想像以上に大変なことだ。ましてや生きて帰れる保証のない任務をろくすっぽ支援もせず押し付けてくる上層部など目の上のたん瘤でしかない。


 つまらないご機嫌取りなセリフをならべることもせずその真意を伝え、協力ではなく互いに利用しあうという関係を提示したゲンの判断にユウは舌を巻いた。


 「どうだ? 悪い話ではないと思うが?」


 問いかけてくるゲン。確かにいい話とは呼べないが悪い話でもない。今後事件に首を突っ込むつもりなのに警察に話をつけておかなければお尋ね者として追い回されることも考えられる。そのリスクをなくせるというだけでも儲けものではある。


 それに何より、こういう交渉をできる奴は敵に回すのは避けたい。


 「俺に利益を与えられたのはお前が二人目だ。……いいだろう。乗った」


 ユウは取引に応じた。ちょうどそこへ頼んでいたラーメンが運ばれてくる。


 「いやあ、二日連続で来てくれるなんて嬉しいねえ。家を気に行ってくれたのかい?」

 「そういうわけじゃない」


 にこやかに話しかけてくる店主にユウは世辞の一つも言わず、運ばれてきた器を持って立ち上がる。代わりにテーブルには全員分の飲食代を足してもいくらか多い分の現金が置いた。


 「とっとけ、俺は借りは作らん主義だ」


 戸惑う店主とゲンにそう言ってユウは並々とラーメンの入った器を持って店の外へと出ていった。




 その様子をツカサは見ていた。和気あいあいと話す仲間の輪から離れ一人カウンター席に座りながら。


 殺人ロボットの倉庫の中にあったものを直接見てしまったツカサは皆のように素直に任務を切り抜けたことを喜ぶ気にはなれなかった。

 代わりにツカサの思考は機道ユウという少年のことでいっぱいだった。店を出ていくユウの背中を見ながらツカサは倉庫でのことを想いだす。


 あの時ユウは確かに怒っていた。人間の尊厳を踏みにじる外道に対して怒っていた。そして人間は嫌いだと言いながら人間を誰一人殺すことなく事件を解決させた。自分は人間とは違うんだと絞りだすように口にした彼の姿がツカサは忘れられなかった。


 振り返ってみればユウは最初から誰も殺すつもりはなかったのだと思う。


 所轄の警察が来てからの調べで分かったことだが、実は廃工場での戦いにおいてユウは殴る強さを相手にあわせて変えていた。すなわち相手の性別や体格を見て、弱そうな相手は弱めに殴り、強そうな相手は強めに殴るということをやっていたのだ。しかもそれは言葉で言い表すよりもずっと精密だったらしい。何しろユウにやられた者は全員例外なくきっかり全治1か月。平等にではなく『公平に殴り飛ばす』という宣告の通りである。

 それに倉庫で不良のリーダーを殴ろうとした時、ユウは殺意こそ本物だったが使ったのは右手だった。左手ではなかったのだ。


 人間が死のうと構わない。けれど外道は許さない。人間を殺そうとはしないが、人間が嫌いで仕方ない。

 そんな矛盾したような、葛藤を感じる不思議な性質。そんなものがどうして生まれたのかとツカサは考える。


 一体何があればそんな人格になるのか? 一体何を経験すればそんな生き方を選ぶようになるのか? かつて一度は世界を救った少年がどうしてそうなる?


 どれだけ考えてもユウに何があったのかは想像もつきそうにない。そう思い込もうとした時だった。偶々2席離れたカウンターに座っている客と店主が話しているのが聞こえてきた。


 「なんか、すごいことになってるな。人身売買に地下闘技だって?」


 常連客なのだろう。店主と客は仲良さげにすぐそばのロストエリアにて起きた事件について話していた。狭い町故、情報の行きわたるのが非常に速い。

 だがそんなことよりもツカサの気を引いたのは話の内容より、それを話す店主たちの態度だった。

 彼らは笑っていたのだ。笑いながら続けた。


 「まあ、俺らには関係ないことだ。被害者はみんなロストエリアの奴だったんだろ?」

 「ああ、不幸中の幸いだ。よかったよかった」

 「機道ユウもどうせならロストエリア何とかするまで生きててほしかったよな」


 そう言って笑う二人の姿にツカサは嫌悪感を抱いた。


 「……『貴様らほどじゃない』か……」


 ユウが言っていた言葉を呟いてみるツカサ。その言葉に全ての答えが含まれている気がして、自然とツカサは俯いた。そこへ仲間たちがやってくる。


 「どうしたんですか副長? 暗い顔して」

 「せっかくの奢りだぜ? 楽しめよ」

 「……そうだな」


 漸く仲間たちの輪にツカサは加わった。



 店の軒先。


 「イイノデスカ? 皆ト食ベナクテモ」

 「慣れ合う気はない。俺がいない方がアイツらも気が楽だろ」


 ユウはノアの隣で立ったままラーメンをすすっていた。ユウが器持って店の外に出たのは店内に入るわけにもいかないノアを一人ぼっちで放置するのが忍びなかったためだった。自虐的な物言いでそのことをぼかしたユウは続けて言う。


 「すまなかったな。あんなものお前に見せたくなかった」


 その謝罪が指すのはやはりあのロボット倉庫でのことだということはノアにだって分かった。


 「確カニ、アレハ……見テルダケデ心ガ壊レソウデシタ」


 感情を表現しない声ながらノアが言うと、ユウは本当に申し訳なさそうに目を伏せる。


 「……デモ今日見レタノハ、ソレダケデハナイデス」


 それを聞いて顔をあげるユウ。窓越しに料理屋の中を覗くノアの視線にユウもつられる。そこには和気あいあいと話す2班たちの姿があった。


 「皆笑ッテイマス。アレハ、キットイイモノデス」

 「ノア……」


 それはある意味ではユウが助けたがために存在する景色。やはり電子音声ではあるもののそれを見て素直な憧れを言葉にするノアに、ユウは何と言っていいのか分からないように複雑な顔をした。


 「ワタシモ、マスターモ、皆一緒ニ笑ッテイラレタラ素敵ナノニ……」

 「そうだな……」


 ノアの口にした『皆』の中には2班たちだけでなく、あのロストエリアにいた可哀そうな人々のことも含まれていた。何しろ人間は協力すれば全員分のリソースを確保できるポテンシャルは持っているとノアは計算していたから。


 機械仕掛けの心が紡いだ優しい願い。それはきっと途方もなく儚い夢物語。だけども人間嫌いの天才はそれを決して否定することは無かった。


 ◇


 自分が何を嘆き、何を尊ぶのかワタシは少しずつ分かり始めていた。

 だけどそれを口にすることはできなかった。ワタシに笑う機能が無かったから。彼も笑ってはいなかったから。


 だけどもっと早くそれを口にしていれば。もっと早くそれを自覚できていれば。


 貴方がいなくなるのを何もできず見送るなんてことにはならなかったのかもしれない。

これにて2章完結です。

インパクト重視だった掴みの1章に対して、世界観およびキャラクターの描写がテーマでした。

次章、ユウはいきなりピンチに。そしてついにノアに転機が……?

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