救ったはずの世界で
3人の不良は廃工場に連れ戻され、乱暴に地べたに叩きつけられた。
早速ユウは不良グループのリーダーだという一人を締め上げて尋問を開始する。
「動機は報復か? どうして俺の居所が分かった?」
決して声を荒げることはなく冷徹に、それでも答えなければただでは済まさないとユウは拳に力を籠める。
ツカサたちもことの経緯を知り、強くは止めなかった。何しろユウはあまりにもくだらない逆恨みで殺されかけたのだ。多少やり返す権利くらいはあるだろう。
つかみ上げられた不良たちは先ほどユウの常軌を逸した暴力を目の当たりにしていたのもあってか恐怖に震えあっさりと口を開いた。
「お、女に聞いたんだ」
「女だと?」
ゲンとユウが顔を見合わせる。2班にユウの居場所を電話してきた謎の女のことが嫌でもちらついた。
「誰かは知らない。声だけだったし、どこに行ったかはもう……」
そう話すリーダーに残る二人もその通りだと頷いた。
彼らの話によると、その女は昨日ユウが3人をぶちのめして去っていったあとすぐに現れたのだという。
死角の多い裏通りを利用して女は顔を見せることなく「お前たちの復讐したい相手は町外れの山奥に住んでる」と言ってきた。当然彼らはその声を追いかけたが、どういうわけか慣れた裏通りなのに追いつけず背中も拝めなかった。
狐につままれた気分だったが、自分たちを痛めつけた相手に復讐したい気持ちはあったし、何よりむしゃくしゃした気持ちを発散せずにはいられなかった。
だからロボットに山の中にいるものを殺せと命令を与え、深夜を待って送り出したのだと不良たちは白状した。
話を聞いていたツカサたちは呆れてはてた。あの殺人ロボットを差し向けてきたのがこんなちんけな小悪党だなんてふざけているとしか思えない。あまつさえそれが報復の報復を恐れて部下にバリケードを作らせ、それがだめになると自分たちだけ逃げようとする小物ともなれば。
「そいつの差し金で俺にたてついたってわけか」
舌打ちを漏らすユウ。冷徹な怒りをにじませる赤いままの左目に不良たちは怯え、必死に弁明する。
「ま、待ってくれ。俺たちがやったのは最初の一体だけだ。あとのは何もしてないのに勝手に動き出して……」
あまりにも荒唐無稽な言い訳にツカサも顔をしかめる。言い訳にしても程度が低い。そもそも最初の一体の時点で問題だ。
「そんな言い訳が通用するとでも――」
「いや」
もっとましな言い訳をしろと迫るツカサをユウが制する。ユウは不良の瞳に顔を近づけ覗き込む。
「……嘘は言ってないらしい」
「お前の眼は嘘発見器か」
ユウは否定せず、投げ捨てるように襟首をつかんでいた手を離し男を放してやった。
「デハ彼ラハタダノ道化トイウコトデスカ?」
「確かに、ここの設備じゃあのロボットは製造は不可能ですが……」
問いかけるノアにナナコが言う。
考えてみれば当然のことだ。こんなところに黒幕がいるわけはない。
落胆する2班。だがそれならそれでこの不良たちは黒幕に迫る手掛かりには違いない。
「あのロボットは何だ? 誰にもらった?」
厳しい視線でゲンが問いかける。不良たちはもう言い逃れはできないと口を開いた。
「分からない。ただ奴らは組織だって言ってた。俺たちは奴らからロボットや武器をもらう代わりに、ロボットの保管倉庫を貸して――」
「「その倉庫どこにある?」」
意図せずしてユウとツカサは同時に不良たちを問いただし、ばつの悪そうに顔を背けあった。
◇
ユウとノア、そしてツカサとゲンは不良グループのリーダーの男を案内人にしてロボットが保管してあるという倉庫へと向かう。他のメンバーは所轄の警察が応援に来るまで気絶した不良グループの見張りに残った。
倉庫は廃工場からそこまで遠くない場所にあった。もともと倉庫も廃工場も案内する男の父親の所有するものだったらしい。彼にとっては組織なる存在との取引は使い道のない土地に富をもたらすまたとない機会でもあったというわけだ。
到着した倉庫は当然ほかの建物と同じように古ぼけていたが鍵だけは最新式の電子ロックに換装されていた。それもまた組織とやらの計らいらしい。
ゲンはロックを解除するよう男に命じる。
そんな中、一歩引いたところからその様子を見ていたユウの顔はいつの間にか険しくなっていた。正確には倉庫に近づくにつれて段々と険しくなっていっていた。まるでその倉庫の中に何か恐ろしいものがあるのを感じているようだった。
気づいたノアがどうしたのかと問いかけるとユウは逆に問いを返した。
「なあノア。お前目をつむることはできるか?」
「瞬キノ機能ハアリマセン。知ッテルハズデス」
「そうか。なら、俺と同じだな」
どういう意味かと聞き返そうとしたとき倉庫のロックの解除される音がして扉が開く。その中には衝撃的な光景があった。
「な!? これは……!?」
驚愕するツカサ。そこにあったのは体を折りたたんだ待機携帯で保管される殺人ロボットの群れ……だけではなかった。
暴行をされた形跡の多分に確認できる何十人もの男や女が倉庫の中には隠されていた。
呆気にとられるツカサのスキを突いた不良のリーダーは倉庫の中に隠していた拳銃を取り、床に倒れていた半裸の女の頭に突き付けた。
「動くな! 動くとこいつらの命はない!」
苦し紛れの最後の抵抗を諦めきれなかったらしい。人質を取って男は叫んだ。
みすぼらしい身なりをしている人質たちの姿にゲンは目を細める。
「ロストエリアの住人達か」
ツカサはハッとする。
「まさか消えたのでなくさらわれて……!」
「ああ、そうだ。俺に従わねえ奴はみんな道具にする。お前らさえ来なけりゃもっと使えたのに……!」
開き直ったように男は吠えた。
ロストエリアという場所は確かに犯罪の温床だ。だけどそこにいるものが皆悪人かといえばそうでもない。こんな苦しい時代、表社会からつまはじきにされて、世界の裏側で細々生きることを余儀なくされるものは大勢いる。この男たちはそれをさらい自分たちの欲望を満たす道具として使っていたのだ。
「……ヒドイ……」
生まれて初めて見る凄惨な光景にノアも心が悲鳴を上げるかのようにエンジン音がきしむ。ツカサも目の前の男がただの外道だと思い知りにらみつけるが、すでに人質の命は握られてしまった。
「さあ、銃を捨ててもらおうか」
お決まりのセリフ。だが効果は絶大だ。歯を噛みながらもツカサは銃を捨てる。そんなことをしても人質を助けることはできないと状況の打開策を探すゲンにも男は銃を早く捨てるよう迫る。
「笑えんな。だから人間は嫌いなんだ」
その声にツカサたちは振り向く。ユウが拳を固め、まだ戦意の冷めやらぬ赤い目を決して逸らすことなく、残虐な光景に眼を瞑ることなく男を見つめていた。
その眼差しはもはや人間に向けるそれではなかった。汚物を見るときと同じ蔑みの視線。それに射抜かれて人質を取ったはずの男のほうが逆に震え上がった。
人質を見ても感情の震えを見せないユウの奥底にある闇を、その深淵にある常人には耐えられぬほど強烈な殺意を男は覗いてしまったのだ。これまでに感じたことのない恐怖を男に浴びせながらユウは足を前に踏み出す。
「う、動くなと言ってる! こいつがどうなっても――」
「知るか。貴様はこの世で最も大切なものを踏みにじった。万死に値する。もう結末は変わらない」
男が人質の頭に銃を押し付けなおすもユウは気にも留めない。
殺したけえれば殺せばいい、どうせお前も後を追う。まるでそう言っているような振る舞いにツカサも戦慄した。このままでは誰かが死ぬ。本能がそう告げていた。だがツカサは動けなかった。ユウが振りまく殺意を帯びた雰囲気にあてられて足が言うことを聞いてくれなかった。
なおもユウはゆっくりと男に迫る。
迫りくる恐怖に男は思わず銃口の向ける先を人質からユウに変える。ユウは平然と弾丸を拳ではたき落とした。
「この化け物がぁぁっ!」
とうとう耐え切れなくなった男は半狂乱になって銃を乱射する。それを意に介さないユウの力は確かにそう呼ぶのにふさわしいだろう。だがユウは言い返す。
「貴様ほどではない……」
次の瞬間、男は自分の間合いの中にユウがいるのを見た。弾丸を避けて地面を蹴り、瞬間移動と見まがう速さで男の間合いの中に跳びこんだユウは既に正拳を繰り出すため腕を引き絞っていた。
「!? 機道、よせ!」
咄嗟に叫ぶツカサ。だがもう遅い。固く握られたユウの拳は繰り出され男の頭を砕き割り脳漿を飛び散らせる……ことなく男の顔面すれすれで停止した。
「俺は貴様ら人間とは違う。違うんだ……」
自分に言い聞かせるように唱えるユウ。拳からは拳圧のみがはなたれ、それに脳を揺らされた男は恐怖も相まって泡を吹いて失神し、つかまっていた女は解放される。男と道連れに地面に倒れるその体をユウは片腕で受け止めて近くに落ちていた布切れで包み肌を隠した。
「機道……お前……」
「さっさと全員連れ出せ」
駆け寄ってきたツカサにユウは表情を見せず女を渡した。
なぜかツカサは今だけはそれを聞いてやらなければいけない気がした。ちょうど近場の警察署から応援もやってきて、それと協力してツカサはゲンとともに囚われていた人々の救助を開始した。
救助を手伝うこともできないノアは何もしない代わりにそのさまをじっと見ていた。倉庫の中には何十人も人がいて皆自力では動けないほどひどいありさまだった。中にはもう救いようのない人もいた。
それらが全て運び出され命のなくなった倉庫の中にユウは最後まで残っていた。
「絶対に取り戻す。こんなくだらないことは繰り返させない……」
呟いてユウは倉庫の中に並ぶ眠ったままのロボットたちに触れる。自らの発明によって生み出された存在を慈しむように優しい手つき。だがその手はやがて覚悟を決めて銃を手に取った。
大爆発を起こし、中にあった無数のロボットごと消し飛ぶ倉庫。爆炎の中から出てくるユウのどこか悲しげな姿をノアは最後まで見続けていた。