見せ場の取り合い
その銃に名前はない。あるのはTG601という型式だけだ。ユウの使う銃=ショットラスに比べれば遥かに通常の銃に近いTG601。その銃こそは殺人ロボットに対抗するために開発された秘密兵器。この場所でロボットとやりあうかもしれないと分かり、わざわざ受け取ってきたその銃の中身がその辺の銃と同じであるわけがない。
物陰から飛び出したツカサたちはその銃口を無謀にもユウに挑もうとしていた不良たちに向け引き金を引く。
発射された実体のない弾丸が彼らを派手に吹き飛ばし、外傷ひとつ与えることなく昏倒させた。
2班たちはそのまま戦列に加わる。
「波動弾か……」
ユウは自分を援護した弾丸の正体を即座に理解していた。指向性の特殊な波動を凝集した塊によって傷を与えることなく相手の意識だけを奪うことのできる非殺傷性のものであると。
それを看破しつつ、二重の意味で片手間に戦闘を続行するユウに、文句が飛ぶ。
「やるなら真面目にやれ、機道!」
自らも戦線に加わり向ってくる不良たちを叩きのめしつつ叫ぶツカサにユウは言い返す。
「俺は真面目だ。癪だが縛りはいる。殺していいなら両腕使うが?」
「いいわけあるか!」
「なら続行だ。今後も左腕は殺す相手にだけ使うことにする」
「気取ったことを……!」
「カッコつけなきゃ生きてる意味はない。こいつらみたいなダサい生き方は御免だ」
そう言ってまた不良を叩きのめすユウは、ふと廃工場の奥に何かを見つける。闇の中から近づいてくる何かがあった。
件の殺人ロボットだった。気づいたユウは胸ポケットに入れていた紫の薬液に手を伸ばした。
猛烈な勢いで工場の中から突進してきたロボットを躱し薬液を飲み干すユウ。左目が戦闘システムの発動を表す赤色に染まる。
ノアのエンジンからのエネルギをもらいユウは拳を握り締め襲い来るロボットと対峙する。……が、
「マスター!」
ナナコを守って物陰にいたはずのノアに呼びかけられる。振り向いたユウは目にする。
不良たちを一人残らず倒した2班が最後の標的として照準をロボットに移している姿を。
ユウは即座に横に飛び2班に射線を明け渡した。そうなればもう、ユウばかりに注力して周りを見ていないロボットなど彼らの銃の格好の的でしかない。
TG601に搭載されているのは非殺傷性の弾丸だけではない。モードを切り替えられた銃は破壊エネルギを込めた実弾をロボットに一斉掃射する。
7つの銃口からの波状攻撃がロボットの装甲を砕いていく。
「関節! 関節狙ってください!」
さらにナナコの助言の声に従って銃撃はロボットの弱点に集中し、一発、十発、百発と続いた銃声は四肢をもがれたロボットのコアが大爆発を起こしてようやく鳴りやんだ。
「やった……」
「すごいな、この新装備は」
自分たちの力でロボットの破壊に成功した事実に2班たちは安堵し、新装備の実力に感嘆する。ツカサさえもこれで殺人ロボットと戦うことができると僅かに嬉しそうだった。ケイトもTG601の威力にご満悦そうにヒューッと口笛を吹き物陰から顔を出すナナコに顔を向ける。
「こいつはいい。気に入ったぜナナちゃん」
TG601の設計者はナナコだった。自分の作った銃が仲間たちの役に立つものであると確認できたナナコもまた「よかったです」と胸をなでおろす。
「ヤリマスネ。ナナコモ、皆モ」
ノアにも褒められて恥ずかしそうにしながらも今後の改良につなげるため戦闘データを記録するナナコ。
そんな2班たちの横でユウは至近距離で爆風を浴びたために被った煤を払っていた。
「お前ら、人の見せ場を……」
半ば囮にされたのもあってか幾分か恨めしそうな目を向けるも、赤く染まった目はすぐに、そんなことよりもするべきことがあることを見通した。
「……まあいい。ラストは残ってる」
ユウがそう口にすると同時、廃工場の裏口のほうから音がした。ツカサたちも気づき目を向けると建物の隙間から走り去る車の姿が見えた。
まだ残っていた奴がいたのだ。敗北を悟った何者かが裏口から出て車で逃げ去ろうとしている。
そうはさせるものかとユウは左目を光らせ、首に巻きつくマフラーの内側に手を突っ込み、そこから純白の銃を引き抜いた。
「お前それどこに入れてたんだ!?」
そんな銃が入るふくらみはなかったはずだとのツッコミの声を無視してユウは走り出す。
「ノア!」
「了解デス」
察しよく駆けつけたノアに乗り込みアクセルを全開。障害を飛び越え壁をぶち破り、逃走する車に先回りする。
前方に現れる追跡者に仰天する逃走車は、ここでつかまるわけにはいかないとアクセルを踏み込む。道を阻むものをひき殺してでも逃げおおせるつもりらしい。
ならば加減の必要もないとユウは銃を向ける。今さらブレーキを掛けようともう遅い。深紅の弾丸が車輪を正確に撃ち抜き、スピードを失った車は面白いくらいに跳ねながら横転、逆さになってユウの足元にひれ伏す。
ノアを降りてユウは、ひっくり返った車の中で呻いていた者たちの顔を確認した。
「やっぱり貴様らだったか……」
それは昨日、中華料理屋によった帰り道ユウが裏通りで叩きのめした3人組の不良だった。