神様の趣味嗜好
ユウはまっすぐ進んでいた。寄り道をしたり、何か探して目を動かしたりということもしない。まるで自分がどこへ向かうべきかあらかじめ分かっているかのようだった。
後ろからツカサに睨まれても、3人組に話しかけられても不自然なくらい動じず歩調を乱さない。
「その恰好、暑くないんすか?」
「暑くない。むしろ快適だ」
目を進行方向に向けたまま淡々とユウは答える。
「でも目立つよ」
「問題ない。認識阻害効果で条件を満たさないと俺の人相は覚えられないからな」
「何それ怖い」
身にまとう着衣も自らの発明品の一種であり、それによって様々な恩恵を受けているのだと話すユウ。
聞かれたことに対しては雑にではあるがちゃんと答えてくれるユウに3人はさらに疑問をぶつけてみる。
「なんでそんな恰好してまでバイクに? 旅なら車とかのほうが……」
ロングコートにマフラーなどはっきり言ってバイク乗りの格好としては異常だ。タイヤに巻き込まれたりしたら一大事。車ならその恰好でも問題ないし、雨風も凌げて荷物も積める。なのにわざわざそんな恰好でオートバイを乗り回すのは自殺志願者だけだ。
そう指摘されたユウはやはり律儀に答えた。
「4輪の扱いは知らない。それになにより……」
「「何より?」」
「ノアのがかっこいいだろ」
あまりにも子供じみた理由で3人組もポカンとした。後ろで聞いていたケイトだけが「確かにそれは一番大事なことだぜ」と勝手に納得していた。
誰もユウの人となりを理解できなかった。不思議な奴と思ったままついていくしかない。
すぐ後ろから一挙手一投足を余さず睨みつけ観察していたツカサもそれは同様だ。いったいどういう風の吹き回しでさっき喧嘩になりかけた相手を同行させているのか。いったい何を手掛かりにして案内しているのか? 言動からその答えは見えてこない。
ひょっとして機道ユウという少年の全ては常人の理解の埒外にあるのではないか。そんなことをツカサが考えたとき、唐突にユウが足を止めた。見れば進む先が行き止まりになっていた。
「まっすぐいけないのか……」
呟くとユウは横道にそれて迂回路を進み始める。
「お前、まさか道も分からずに進んでるのか?」
「1年引きこもってたんだ。この町の名前も覚えちゃいない」
「「はぁ……!?」」
さすがに全員引いた。町の名前も知らずにいられるくらい、あんな何もないガレージに閉じこもってどうやって生きていたんだという疑問もあったが、それ以上に名前も土地勘もない町を、まるで自分は敵の居場所も全部見当がついてるみたいな態度で案内していたことに唖然とした。
こればかりは文句抗議が出ても仕方あるまい。それを察してかユウは先んじて告げた。
「だが方角はわかる。向こうから奴らの気配がする」
「気配? そんなの分かるわけ――」
「この目この耳この鼻は特別だ。俺に仇為す脅威悪意を、見通し聞き分け嗅ぎ付ける」
突拍子のないことを説得力が生まれそうなくらい自信ありげに言い切る。信じがたいことだと皆が眉を顰めるのもどこ吹く風。
「わかるんだよ俺は。敵の居場所も、お前の憎しみもな」
指をツカサに突き付けて「さっきから憎悪がうっとうしい。お前、前から俺のこと嫌いだっただろ?」とのたまうユウ。それに戸惑うツカサにノアは問いかける。
「? ツカサハマスターガ嫌イ?」
「分かったようなこと言うな。お前みたいな奴、誰だって……」
「どうだかな」
慌ててはぐらかそうとするツカサを他所にユウは先を急ぐ。自分で話し拗らせといてそれを放っておくユウに皆やはりこの少年は分からないと思った。
「まるで中二病の妄想だ……」と誰の口からともなく漏れる。
「中二病?」
「ああいう性格になる病気でしょうか?」
言葉の意味を知らず反芻したノアにナナコが答えると、前方のユウが再び足を止める。
「わが左腕に封印されし力が……! とか言えばいいのか?」
ものすごく気の抜けた口調で左腕を掲げたユウに皆絶句する。
「……それ、ジョークのつもり?」
恐る恐るケイトが突っ込むとユウは答えを濁して視線を前に戻した。ひょっとして意外とノリは悪くないのか? と3人組はこそこそ話す。
「バカバカしい。戯言に付き合ってられるか」
ツカサは吐き捨てると、ユウを追い越して先に行こうとする。が……。
「いいや。付き合ってもらう。死にたくなければな」
曲がり角を抜けようとした瞬間ツカサは襟の後ろ側を強引に引っ張られユウに連れ戻される。何をするんだと文句を言おうとした瞬間、その眼前、今の今までツカサの頭があった位置をどこからともなく飛んできた銃弾が貫いて地面に刺さった。
「左方、敵多数」
ノアに告げられて全員咄嗟に物陰に身を隠す。銃弾が飛んできたのはツカサが横切ろうとした角の向こう側。曲がり角を左に進んだ方にあったかつて何かの工場だったらしき建物だった。
その正面にはまるでユウたちの到来を予期していたように簡素ながらもバリケードが組まれ、その奥にこの場所を根城にしているらしき何十人もの不良が集っていた。警戒心たっぷりに冷や汗を流しながら銃を構えて。
「待ち伏せ? ここが本丸か……!?」
「なんであんな連中が、あんないい銃揃えてんだ?」
「嫌だなあ。こんなとこで銃撃戦とか」
思いがけない敵からの先制攻撃に緊張が走り、各々ホルスターに収めた銃に手を伸ばす2班。
他方ユウは余裕の態度を崩さない。
「問題ない」
そう言ってツカサを自分の後ろに押し込み、お前たちが銃を抜く必要はないとでも言うように2班たちより前に出る。
「マスター、何ヲ……」
「あんな雑魚ごとき片腕でも倒せる。そこで見てろ」
ノアの問いに不敵に答え止めるのも聞かずユウは飛び出す。途端に銃弾の雨あられが晒された体に向けて放たれる。
だが、その後数秒と立たず不良たちのほうが戦慄することとなった。ロングコートが発生させた不可視シールドによって弾丸はユウの体の表面で全て弾かれ、地面にジャラジャラと堕ちたからだ。
「無駄だ。さっき逃がした奴から俺のことは聞いてるはずだ」
ユウの言葉に図星を突かれ不良たちは顔を見合わせる。そう、先ほど裏路地でユウがのした奴らから不良たちは情報を得て待ち構えていたのだ。だったら覚悟はできてるだろう、今更逃げようなんて思うなよとユウは彼らを見据える。
「行くぞ、全員公平に殴り倒してやる」
ユウは反撃に移る。腕力にものを言わせて飛びかかりバリケードを破壊。圧倒的な力が間髪入れずに不良たちに襲い掛かる。逃げ惑うことも、覚悟を決めて立ち向かうことも、何もかもを無駄と嘲るがごとく鮮烈な力に屠られた者たちの悲鳴が木霊する。不良集団には男女混じっていたが、男も女も関係なくユウの拳は平等だった。
「うわ、すげぇ……」
初めて目の当たりにするユウの戦いざまに3人組は思わず感嘆する。相手がどれだけ銃を向けようが刃物を向けようが、その尽くを返り討ちにし次々人体を破壊していく。しかも宣言通り攻撃に左腕を使っていない。
その様子はあらゆる意味での驚嘆すべきものだった。
「我流か。随分荒っぽいが基礎は完璧だぜあれは」
ケイトは冷静にユウの戦いを評価し、中国拳法や古武術を始め世界中のあらゆる格闘技の影響があると見抜く。荒々しいが決して腕力にものを言わせているだけではない。様々な戦闘術から自分に合うものを取り込み、相応の訓練の上でスーツによる身体強化を前提として魔改造を施していると推察した。なんでエンジニアがそんな技術まで身に着けているのかは分からなかったが。
「感心してる場合か。これは俺たちの仕事だ」
ツカサの声が2班たちを現実に引き戻す。
ゲンも頷きノアに言葉をかける。
「そうだな……悪いが麻宮を頼む」
「構イマセンカ……大丈夫ナノデスカ?」
「そのためにこいつを持ってきたからな」
ノアにナナコの護衛を任せた2班たちは持ってきた銃をついに抜いた。