世界の過去
何が好きなのか聞くとあなたは『考えたこともない』と答えた。
嫌いなものを聞くと『人間』と即答して、同じ質問を返してきた。
ワタシはありもしない頭を抱えた。ワタシはあなたを知りたかったけど、その対価に教えてやれることがまだ何もなかったから。
桐谷ツカサという青年が現れたのは、自分がどういうものかワタシが考え始めた時でした。
彼とのファーストコンタクトはあまりいいものではなかったけど……。
◇
物事を説明、あるいは理解するのなら全ての始まりから順序だてて噛み砕いていくのが筋だろう。この場合の全ての始まりとは、20年前の惨劇に他ならない。
あの殺人ロボットの存在も、それを追って町外れの山から機道ユウが降りてきたことも、元を辿れば20年前の出来事に端を発している。
村国ゲンたちがやってきたことも例外ではない。
件の殺人ロボット。それに抗うものは40代を目前に控えた男と気弱なメカオタク女の二人だけではない。二人に遅れてやってきた仲間が5名。特殊な装甲車両でやってきた彼らは街に着くとすぐに行動を開始する。
8月20日に機道ユウの元を突如として来訪した時、村国ゲンは言った。
”自分、および自分たちは先進技術特務部第二班。警察でもあり、技術管理局の所属でもある”と。
ユウは知っていたし、ゲンもわざわざ説明しなかったが、そんな所属部署は20年前には存在していない。
やはり全ての発端は20年前のあの惨劇なのだ。この街に彼らがやってきたこと、そろったこと、出会ってしまったこと。その全てが世界中の誰もが知るかつての大事件から始まった因果の結果に過ぎない。
20年前の8月19日。一つの隕石が突如として地球に堕ちてきた。
前触れは何もなかった。不思議なことに地球上のあらゆる機関、組織、監視衛星、どれ一つとしてその接近を察知できず、気づいた時には子供の望遠鏡でも見える距離だった。
サイバーメテオ。のちにそう呼ばれることになるその隕石は狙いすましたかのように、この国で開発されていたハイパーコンピュータ研究施設へと墜落した。施設は破壊され、国家ぐるみの一大プロジェクトはお釈迦。人類の未来に貢献するはずの次世代コンピュータの喪失に人々は悲嘆にくれた。
ところがその後すぐ、何者かが破壊されたはずの施設を通して地球のネットワークに接続していることが判明。調査の結果、人類は隕石の正体がハイパーコンピュータをも超越する異星人のコンピュータだと結論付けた。
だとすれば隕石の中には別の星のネットワークに接続して見せるような驚異的な異星文明のテクノロジーが秘められているに違いない。人類は大宇宙の神秘に夢を見てすぐに研究を始めた。
……それこそが大きな過ち。人類の驕りだった。
ある科学者がサイバーメテオのプロテクトを一瞬だけ解除することに成功した時、世界の破滅は始まった。
大事にカギを掛けられたコンピュータ。そんなものを本来の所有者の許可も得ずにこじ開けて許されるだなんて虫のいい話。人類に与えられたプロテクト破りの代償こそ地球上のあらゆる機械の暴走だった。
コンピュータウイルスなんて言葉では説明できない。どういう理屈なのかは現在でも解明されていない。ネットへの接続非接続問わず、電気ガソリン等のエネルギ供給もなしに際限なく暴れまわるマシンたち。子供のおもちゃから発電所まで、何もかもが人の支配を外れ、人類は自分たちの生み出した文明によって滅亡させられる……はずだった。
「ソンナ世界ヲ、マスターガ救ッタ」
「おかげで一部の奴らには神様扱いされるようになったがな」
話を聞き終えて声を発したノアにユウは言葉を返す。
オートバイを走らせるのには向かない街中、ユウはノアを降りて自分の足で歩いていた。人通りのまばらな平日の昼間の街。流れていく民家や商店を横目に見ながらそれらがかつて脅かされた時代についてユウはノアに教えていた。
「俺はただ生まれつき天才だっただけだ」
「突然変異。”ミュータント”トイウ奴デスカ」
「かもな」
ユウは一応、ノアを普通のバイクのように押しているふりをしていた。まず喋るのを控えるべきだがそこまではしない。近くに人がいないことだけ気にしながら会話を続ける。
「ところでなんでマスターなんだ? 俺、そんなに偉くないぞ」
「貴方ハワタシニトッテ技術者デモアリ乗り手デモアル。一言デ表スナラ別ノ言葉ガ必要デシタ。ソレニ貴方ハ名前デ呼バレルノハ嫌イノハズデス」
「……それ話したことあったか?」
教えた覚えのない事実を指摘され眉を顰めるユウに、ノアは逆に聞き返す。
「話シテナイノデスカ? 組ミ立テラレテイル時、色々話シカケラレテイタ気ガシマスガ」
「覚えてんのか……」
ノアは組み立てられている最中のことも朧げに記憶していた。だからユウが機械をいじるときまるで人間みたいに、否、ユウの場合は人間以上に大切に話しかけることを知っていた。きっとその途中で話していたはずだと指摘され、気恥ずかしさを憶えたユウは少し困ったように頭を掻いた。
「チナミニ第2候補ハ”マイスター”。第3候補ハ”ミスター”デシタ」
「語感で選んでないか? ……まあ、お前がいいならいいけど」
若干呆れたように言ったユウは不意に足を止め振り向く。背後の物陰に誰かがいた。ついさっきから着いてきていたがこうして振り返ると出てこない辺り尾行のつもりらしい。ノアもその存在には気づいていた。
「ドウシマス、マスター?」
「放っとこう。敵を討つのが先だ」
ユウは顔を前に向けなおし、ノアと共にまた歩き始める。
その姿が曲がり角を曲がって見えなくなると、物陰に隠れていた3人の男は顔を出す。
「あの男か女かわからない顔。間違いないっすね」
「びっくり。ホントにオートバイと話してた」
「話は後です。行かないと見失う」
彼らは気づかれているとも知らずに尾行を続行し、仲間に状況を連絡した。