騙し討ち
最初にカレンが策謀をめぐらしたのに気づいたのはナナコだった。
リオを護衛につけたナナコは、自動走行で走らせる装甲車に積んだ観測機器で各種データを収集して洗脳装置の手がかりを探していた。
「ダメだ。どのシステムにも何も引っかからない。流石はカレン来栖ーー」
言いかけたとき、それまで何の反応も見せなかった画面が挙動を変えた。それは危険な兆候だった。一緒にいたリオもナナコが異変を察したことに気が付く。
「何……!?」
「ジャミングです。皆さんーー!?」
慌ててナナコは仲間たちに連絡しようとするが一歩遅く、通信は途絶えてしまう。その上、自動走行していた装甲車が急制動する。
洗脳された人々が行く手を遮り、生気のない目を向けてきていた。
◇
それは他の者たちがいた場所でも同様だった。
それまで何をしても何の反応をしてくれなかった人々が突如としてぎょろりと目を向けて取り囲んできたのだ。
「……やっぱりこうなるか」
ユウはため息をついた。
こうなることは予想されていた。曲がりなりにも洗脳なのだ。こういう芸当ができないはずはない。
ユウたちは全員、突如として敵戦闘員と化した民間人と戦うことを余儀なくされた。
それでも全員民間人を傷つけずに倒すための能力や装備は持ってきている。
だから問題はなかった。相手がただの操られた民間人たちだけだったのならの話だが。
◇
「全員無事か! 返事をしろ!」
インカムに向かって叫びながらも襲い来る民間人たちを何とか退けるゲン。コスプレイベントの真っ最中だっただけあって向かってくるのは個性的な面々ばかりだ。それと戦っていると妙な気分にさせられる。
しかしそれらは自分の意志で動いていないだけあってか対して強くもなかった。圧倒的な数的不利の中でもゲンが孤軍奮闘できているのはそのためだ。
だが、そんな中突如として動きのいいものが現れる。突撃してくるその男にゲンは非殺傷波動弾をお見舞いする。だが男はそれで止まらなかった。
「!? なに……!?」
驚愕を露にしながらも咄嗟に避けるゲン。頬をかすめる男の拳に、ゲンは違和感を抱いた。
「まさか……!?」
男はさらに追撃してくる。その動き方は普通の人間のそれではない。ゲンは覚悟を決めて銃を実弾に切り替えて放った。
ゲンの前に倒れ伏す男。その体表が崩れて人ではなくなっていく。
「なんてことだ……」
愕然とするゲン。その背後からまた一人、人間には不可能な身体能力を発揮する女が飛び掛かってきた。だが女は、真横から飛んできた弾丸に撃ち落される。
女もまた体表を覆っていた外殻が剥がれ落ち、中に隠されていた真実の姿を晒した。その正体は量産型スレイブロイド。何らかの方法で人間に化けて洗脳された集団の中に紛れていたのだ。
「やれやれ、俺に女を撃たせないでほしいぜ」
現れたケイトが言う。
「無事か班長? あ、俺は本物だぜ。ちゃんと今日がリトルレディの誕生日だって知ってる」
そう話しかけてくれるケイトにゲンは警戒を解いた。その情報は身内しか知らない。たった今二人が打倒した人間に擬態したスレイブロイドとは違うということの何よりの証拠だった。
ゲンはケイトと互いを守るように体制を立て直す。
「まずいことになったな」
「ああ、人に化けるなんてな」
周囲にはまだ二人を襲わんとする人間たちが群れを成している。そしてその中にはどういう理屈かは知らないが人間に化けた量産型スレイブロイドが紛れているらしい。
まずい。非常にまずい。もしスレイブロイドの擬態能力が想定を超えていたら。
そう考える二人のところに群衆は襲い来る。
◇
ゲンの危惧していたことは別の場所で現実のものとなっていた。
ツカサは、ヒロキ、アトム、レンタロウと合流していた。
3人ともゲンたちほど思い切りはよくない。通信が途絶え群衆に襲い掛かられた際、民間人を攻撃する決心が出来ずに逃げてきたところにツカサと出くわしたのだ。
とはいえツカサとて几帳面な男。巻き込まれた被害者に反撃などできず4人揃ったところで防戦一方だった。
「くそっ、どうなってんすか」
「洗脳なんですから、よく考えりゃ当然です」
「お前ら、殴る蹴るは最小限だ。いいな」
「分かってるよ!」
合流した4人は互いの死角を埋めあって何とか襲い来る民衆の一陣を退け、路地裏に逃げ込む。
「どうすんのこれ?」
「いよいよもって時間が危ないぞ」
身を隠し息をひそめて現状を確認する4人。そこで背後から物音がした。路地裏のさらに奥に誰かがいる気配があった。
4人は銃を構えなおしその正体を確認しに向かう。するとそこに見つけたのは黒いコートと白いマフラーの少年だった。
「なんだ君か」
「こんなところで何を?」
強力な仲間と合流できたことに安心するヒロキたち。だがツカサは眉をひそめた。振り向いたユウの横顔に何か不吉なものを感じたから。
そして次の瞬間、ユウは何を思ったか襲い掛かってきた。
隙だらけだったヒロキたち3人はあっという間に壁にめり込ませられてしまう。
「!? 機道、お前!?」
戦慄し、後ずさるツカサにユウはぎろりと眼を向ける。強烈なプレッシャーがツカサを襲う。
そしてユウ。否、ユウの姿をした何かは最後に残ったツカサに手刀を突き立てた。
◇
同じことがリオたちのところでも起きていた。
ナナコと共に装甲車にいたところを襲われた二人は車内に籠城を余儀なくされていた。民間人をひき殺すわけにもいかず、装甲をガンガンと叩かれる音に耐えるより他なかった。
だがやがてその音が止まった。
なぜ? どうして? とリオが首をひねると、念のため鍵をかけていた出入口がノックされた。
「大丈夫ですか? 助けに来ました」
「ノアさん?」
ノアの声だった。ノアがやってきて群衆を撃退してくれたのだとナナコは思ってすぐにドアを開けようとする。
リオも一瞬胸をなでおろす。が、すぐに眉をひそめた。
通信途絶前のノアの位置はここから誰より一番遠かった。それが一番早く救援に来る? 何かがおかしい。
「ナナちゃんちょっと待ってーー」
「え?」
リオの静止は間に合わない。次の瞬間ナナコは吹っ飛ばされた。
「ナナちゃん! っ……!」
気絶するナナコを気にかけつつもリオはドアを開けて入ってきた者を睨む。
ノアの姿をしていた。だがノアではない。こいつは偽物に違いない。
それを確信するリオにノアの偽物は容赦なく襲い掛かった。
ゲンが危惧していた”敵スレイブロイドが仲間に化けてくる事態”は容赦なく2班を追い詰めていた。洗脳した人々の中に擬態装置を取り付けたスレイブロイドを混入させることで戦況を混乱させる。それがカレン来栖の策略だったのだ。
その策略がカレン来栖がもっとも憎む機道ユウに襲い掛からぬはずはなかった。




