第弐幕 出会いな頭
であいがしら
であいながしら
自分自身の今までの人生を振り返ってみて。
「あ〜、普通?」
◆◆◆
「?」
何かが聞こえた気がして自転車にブレーキをかけた。
辺りは暗闇、委員会で遅れたことに加え書店で立ち読みしていたらすっかり陽が落ちてしまっている。
左手首につけた高校生には似つかわしくないアナログ時計の時針が指し示す文字は8、分針は6。
住宅地とはいえ田舎の地方都市では街灯もまばら。通行人も居なければ車もいない。
この時間にこの閑散さは少し悲しくなるが、泣いたところで過疎化は止まらないんだから仕方ない。
それに今、頭で考えていることは小子高齢化でなければグローバル化でもなんでもない。ただ、何かの鳴き声のような不思議な音が聞こえた気がしたのだ。
『 』
「!?」
やっぱりだ。
何か聞こえる。
それにさっきよりはっきりと。こうなると無意識に耳を澄ませてしまうのが人間というもの。
神経を無駄に研ぎ澄ませて鼓膜に意識を集中させる
と、
『ひゅぃeee※ーaaーゞびぃeーーcーaaーぃぃゅぃゅぃeeeee●→ーーーーぃぎぁaaaaaaーーーーーーーぅーーーーーぁー!!ぃーーーげゅーーーーるぇゅーゎーーーーaaaiiーーーーーーーーーーー。。』
この世の声とは思えない、いや、声ですら無いかもしれない、悲鳴とも怒号とも判断付かない、敢えて言うならば、カラスの声のような犬の遠吠えのような猫の鳴き声のような馬のいななきのような、人間では絶対に発音出来ない、だが風や機械の音ではあり得ない生々しい生き物の声、
おぞましい鳴き声が聞こえた。
「んなっ!」
対して、己の喉から零れる出たのは情けない驚愕の声。
全身を駆け巡るのは吐き気をもよおす恐怖。
恐い。
恐い怖い恐い。
頭の先から爪先まで恐怖の色が駆け巡る。
自転車のサドルもハンドルも鉛ように重く冷たく感じる。意識は逃げだそうと急かすのに筋肉が既に死後硬直を始めてしまい動かない。
赤血球が酸素の代わりに何か別の物質を運んでいるかのように毛細血管がこれでもかと躍動する。
恐い。
得体の知れない鳴き声だけで、人生における最後を想像をしてしまう程の恐怖が己に浴びせ続けられる。
そう、木々をざわめかせるほどの大音響だというのにこの吐き気をもたらせる鳴き声は鳴り止まない、どのような生物でも肺活量やらの関係で持続限界があるはずだというのに、この恐怖は止まない。
おぞましく恐ろしい鳴き声は未だに鼓膜に絶望を与え続けている。
『ぎゅぃeeii→※ーーーーぃeieieeeeーゅーーーーー!ぅょぁ〜§″aaaaaaーーぃーーЩー▲▼ゐiieeeeーーーーゑaaaaーーーーヴヰーeeeeeeーーーーぃeeeiiiーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー !!! うぇっほっ、げっほっ、ごほっ、げっほっがっほ。』
・・・・
「て、むせるんかいぃ!?」
返せ。
さっきまでの恐怖心を返せ。
えっ?何?、むせるの?。肺活量とか関係なさそうだったのに咳き込むの?
どゆこと?
「・・・・・。」
なんだろう。鳴き声が途絶えて静かになったのいいんだけど、ちょっとこの沈黙が、なんというか、さっきまでの恐怖心とか嘘のように、心が痛い。笑える意味で痛い。
うん、
痛々しい空気だ。
なんかもう哀しくなってきた。
「・・・帰ろ。」
呟き、ペダルに力を入れて車輪を回す。
不可思議現象に合ったばかりだというのに体に残るのは何とも言えないダルさ。
「結局なんだったんだ今のは?」
脱力感がのしかかる頭で考える。空耳とは思えないし幻聴にしてはリアル過ぎた。何よりあの全身を巡った恐怖は本物だったと確信できる。
まあ、最後に全部脱力したけど。
「まあ、いいか。」
弟の口癖を吐きつつ自転車を進める。
心霊現象か怪奇現象かは知らないが、触らぬ神に祟り無し。明日は帰り道を変更しようと決めながら家路を急いだ。
周りをなるべく見ないようにしつ。
だってほら、こういう不思議体験をしたら見えちゃいそうじゃないですか、
幽霊とかさ。
■■■
薄暗い住宅地を抜け駅前商店街に到着。
普通は逆かもしれないけど、実家が駅前にあって高校が住宅地の向こう側にあるんだから仕方ない。
ちなみに実家は古き良き定食屋だったりする。
母さんと父さんの二人で切り盛りしているうちの店は、リーズナブルな値段と駅前という立地条件のおかげで不況の最中でも一応繁盛している。父さんの腕と、この場所に家を立てたひい祖父さんに感謝。
定食屋の名前は
『定食所 ヒューラー』
果てしなく間違っている気がしてならない。
店名を決めた祖父さんに理由を聞いてみたかった。
まあ、天国に逝っちゃってるから無理なんだけど。
余談だが、弟曰くヒューラーとはドイツ語で『総統』という意味らしい。
祖父さん、あんたいったい定食屋に何を求めたんだ?
それはさておき
店の裏側に自転車をまわし勝手口、実質の表玄関から帰宅する。
「ただいまー。」
と、靴を脱ぎながら言い、そのまま二階へと上がる。
店舗兼住居である我が家は、一階が定食屋で二階と三階が居住スペースとなっている。まあでも、風呂場やら水回り関係は基本一階にあるし、商店街の中だというのに別棟まであるのだからそれほど不便ではない。
三階の自室まで階段を上り下りするのは骨だが。
「お帰り永遠ー。」
おっ、この声は母さんか。
二階から聞こえるってことは店の片付けは終わったのかな?。なら手伝う必要性は無いな。ホント、家が居酒屋じゃなくてよかったよ。もし居酒屋なら夜に家族団欒なんて無理だろうし、毎日夜中に一階で飲み会が開かれているなんてのも嫌だ。
つっても、父さんは明日の仕込みやらで二階に上がってくるのはいつも遅いし、店のメニューにはビールだってちゃんとあるんだけどね。
ああそれと、俺の名前は永遠という。永久・永劫という意味のトワ。
大抵の人は名前を初めて見たときに‐えいえん‐と間違って呼んでくるのが悩みの一つである。
洒落た名前だとは思うがあまりにも読み間違える人が多いから小さいころは己の名前が‐とわ‐なのか‐えいえん‐なのか本気で考えたこともある。
まれに‐ながとお‐なんて言われることも。
ちなみに名付け親は両親ではなく祖母だったりする。
閑話な休題。
「遅かったわねー、スペアはご飯済ませちゃったわよー。」
階段を登りながら扉越しに聞こえてくる母さんの声に、わかったー、と返事をする。
因みにスペアとは弟のあだ名だ。
理由は、長男の俺が店を継がなかった時の予備という意味らしい。
スペアタイヤの人間バージョン。うちの両親、鬼かもしれない。
というか弟のことをスペアと呼ぶのは父さんと母さんだけで他の誰もそんなヒドイあだ名で呼んだりしないはず。
俺ならヘコむ。
ただ、弟本人曰く、
『スペアよりもヒドイあだ名はいくらでもある。』
とのこと、更に続けて
『それに、ヒドイとかとは方向性が違うけど、少なくとも人間につけるべきあだ名じゃないので呼ばれる時もある。』
とも言っていた。もしかしたら弟はイジメられてるのかもしれない。
まあ、弟に限ってそれは無いだろうけど。
それにスペアなんて非人道的あだ名で呼んでいるが、両親と弟の間は極めて良好である。
アットホームなのだうちは。
まあ、なにはともあれ。
一旦三階の自室まで行き鞄を置いて私服、もといパジャマに着替え、下着などの着替えをもって二階に降りる。
着替えを持って降りるのは、二階で食事した後にそのまま一階に降りて風呂に入る為。少しでも階段の上り下りを減らすための生活の知恵である。
どうでもいいな。
ガラリと扉を開けてリビングに来てみれば母さんの姿はなく、テーブルに一人分の食事が置いてあるだけ。
おそらく洗濯か父さんを手伝いにいったんだろうと判断して、店の残飯処理、もとい売れ残り回収、もとい夕食を食べる。
おいしいからいいんだけどね。
で、食事完了。
食事中に弟が三階に登っていく足音が聞こえたから、風呂も空いてるだろうと思い一階に降りる。
何故わざわざ一階にしか風呂がないんだと小さい頃は思ったが、祖母の足腰が悪くなり、滅多なことでは二階に上がってこなくなると己の浅はかな疑問を恥じたりした。
ゴメン嘘。
普通に二階と一階の両方に風呂を設置すればいいと思った。
今も思ってる。
だって冬場とか寒いんだもん。
さておきさておき
なんらイベントも無く入浴終了。
まあそれが普通なんだが。
とりあえず別棟までいき、ドア越しに祖母に風呂が空いたことを伝え三階の自室に戻る。
途中、店の厨房の方で両親の会話が聞こえたけど、新作料理でもチャレンジしてるんだろうと判断してスルー。
だってこの前、同じシュチュエーションで両親を覗きに行ったら、家計簿を見ながら頭を抱えている二人を発見してしまい、なんとも言えない暗い気持ちになってしまったのが軽いトラウマになっているのだ。
小遣いをせがんでる身としてはあの光景は結構ツライ。
まだまだ遊びたい高校生には世の中の世知辛さは重た過ぎる。
てなわけで自室に到着。
宿題も無いからテレビでも見ようとリモコンを持った時ふと気付く。
「あれ?、帰ってから誰とも会ってなくない?」
いやまあ、会話はしてるし、父さんはともかく母さんと弟と祖母がいるのは確認している。
だけども、あくまで声や足音だけで判断さているのだ。実際に目で姿を見ていない。
普段なら、こういう日もたまにはあるさと、気にしないのだけれど、更にふと思い出してしまったのだ、
帰り道で聞いたあのおぞましい鳴き声を。
最後はともかく、途中まで感じた恐怖は本物だったし、怪奇現象に出会ったのはまぎれもない事実だ。
こうなってくると不安になるのが人間ってもので、自室に一人で居るのがまるで家に一人しかいないように感じてくる。
そうなると小心者の俺は更に不安になるわけで。
まあ、ようは勝手にビビってるわけなんだけど。
さて、こうなるとテレビだけでは不安を消し去ることができないのは明白。
されとて友達に電話したところで顔が見れなきゃ意味が無い。
そこまで考え気付く。
隣部屋にいる弟に会えばいいじゃん。
と。
持つべきもの血を分けた兄弟なり、なんて思いつつ、そういえば借りてたマンガ本返さなきゃなと、小学生から使い続けている勉強机を見ようと、
正確に言えば、勉強机の上に置いてあるはずのマンガ本を確かめようとして、
窓の外を見てしまった。
普段なら帰ってきてすぐ閉めるカーテンを、今日はダルくて閉め忘れていた窓を。
見てしまった。
窓枠によって切り取られた闇夜の俯瞰の中に浮かび上がるシルエットを、
見てしまったのだ。
ソレは電柱の上に鎮座していた。
ソレは真っ黒な影だった。
ソレは人間よりもはるかに大きかった。
ソレは見たこともない姿をしていた。
ソレは翼があった。
ソレは尾があった。
ソレは手があった。
ソレは足があった。
ソレは頭があった。
ソレは体があった。
だがソレは生き物じゃなかった。
「っ!!?!」
反射的に体が動いた。
ガシャッと音を立ててカーテンが閉まる。
両手で掴んだカーテンの端がプルプルと震えている。
いや、震えているのは俺の両手だ。
「・・・かはぁー。」
止まっていた呼吸を再開する。
「・・・なにあれ?」
こう、なんというか、暗闇でよくわからなかったけど、まともな生物じゃなかったのだけははわかる。
全体的にはドテカイ猫みたいだった。だがサイズはどう見てもライオン並だったと思う。
ライオンが動物園から逃げ出したんなら大騒ぎだ。
だけれどライオンには翼は無いはず。
ないよね?
それにしっぽらしき部分も違和感があったし頭部も猫科動物って感じじゃなかったような。
「どうしよう。」
選択肢はいくつか。
1・勇気を出してカーテンを開けてみる。
2・何も見なかったことにして寝る。
3・家族に助けを求める。
4・シャッターチャンス
5・警察に連絡
6・弟にマンガを返しにいく。
うわ、たくさんある。
4の意味がわからないが、こうなったら仕方ない。
勇気を出して、
弟にマンガ本を返しに行こう。
ヘタレとか言うな。
これって結構立派な対処方法なんだよ。誰かに会う。孤独じゃないと理解するだけで人間ってのは余裕が持てるんだ。
と、
ダンダンダンダンダンダン・・・
誰かが階段を降りていった音がした。
まあ、弟以外ありえないんだが。
空気読めよマイBROTHER。
どうしよう。
カーテンを掴んだまま考える。
一番いいのはこのままカーテンを開けずに下に降りることなんだけど、今手を離したら勝手にカーテンが開きそうだし、化け物が窓を突き破ってきそうで恐い。
ああでも、家族に会っても窓の外に化け物がいる可能性は消えないのか。
「・・・」
うしっ。こうなったら覚悟を決めた。
俺だって男だ。長男だ。
まず、携帯電話のカメラモードを起動させる。ホント、最近は便利になったよ。
選んだ選択肢は4番
そう、シャッターチャンス。
左手に携帯電話、右手にカーテンを掴み深呼吸。
すーはーすーはー。
よし。
まあ、何かあったら下に家族がいるから大丈夫だろ。
では、
「うりゃっ!」
掛け声を出し
ガシャッー
カーテンを開け
ピロリン♪
シャッターボタンを押し
「いねーーしっ!! 」
叫ぶ。
別にいてほしかったわけじゃないけど、肩透かしをくらった感はいなめない。
まあ、予想の範囲内だったけど。
とりあえずは安心かな。
ふう、安心したらなんか疲れた。
もう寝よう。
シャッとカーテンを閉め、欠伸を噛みつつ布団に入る。
今日はホントに疲れた。
せめていい夢が見たい。
どうせ明日も世知辛いんだから。
すいませんでした?。
二話目となりますが、まだプロローグのようなものです。一話目のあとがきにも書きましたがこの小説の主人公は『この最悪なる世界と』の主人公の兄です。ですので今回登場(?)した弟はその物語の主人公イッヒとなります。時系列としては『最悪なる』の5年前です。だからどうしたと言われるとそれでお仕舞いなのですが、『最悪なる』はファンタジーでこちらは学園モノ。ジャンルが違うのにリンクしている違和感を含めて楽しんで頂けたたら幸いです。