第壱幕 プロなローグ
俺には弟がいる。
その弟が行方不明になった。
家出ではなく行方不明。
高校卒業と同時に実家を出て単身、都会で就職して働いていた弟がである。
母さんが弟の勤めている会社からの電話を受け取ったのが1ヶ月前。
我が家に警察が事情聴取に来たのが20日前。
成人して一人暮らしをしていた弟だから大丈夫だろうと軽い気持ちでとらえていた両親も、流石に警察沙汰になるとは思ってなかったようで、やって来た警察に対して母さんが
「うちの息子は誰を殺して、ドコを燃やして、いくら奪って、どれ程逃走して、何人の人質を取って立て籠もったのでしょうか?」と、真面目に聞いていた。
行方不明なのに、罪状が創作されていた。
実の母に。
とは言え、
いくら警察がやってきたからといって、家族が出来ることといえば、親戚中や、知り合い連中や、弟の友人に連絡を取るぐらいしかすることが無い。
間違っても弟を捜しに日本中を旅をすることは無い。
俺だって社会人なのだから、いくら大事な弟だといってもそこまではしない。結局のところは自身の生活か弟の行方かの優先順位の問題だ。どちらが上かは今更記載する必要はないだろう。
ただ、弟が行方不明になって困ったことがある。
もちろん行方不明自体も困ったことなんだが、行方不明になったことによって、とある事が出来なくなった。というよりは対外的にしづらくなったというべきか。
もし強行すれば親戚連中から『なにやってんだよ』と大ヒンシュク確実な事柄があるのだ。
しかも俺が当事者として。
漢字二文字、ひらがな四文字の事柄
別に隠す必要が無いのでぶっちゃけると、
「結婚」
けっこん
血痕では無い。結婚である。婚姻、籍を入れると表現しても可。
役所に届け出をだした次の日に結婚式を上げる予定だったのに、弟の行方不明というニュースに全ておしゃかになってしまった。
なにやってんだよと弟、と、叫びたい。
まあ、俺的にはそれほど結婚するのに熱心だったわけではないし、元々同棲していたから籍を入れようが入れまいがあまり変化ないだろうとのんびりと準備していたわけだが。
まだまだ若いんだし焦ることもないだろうと言ったら母さんに叩かれたが。
曰く、「親戚中に近々長男が結婚すると伝えた途端に、次男が行方不明になったから延期しますとかいい恥晒しだ。それだというのにこの愚息は慌てることなく何普段通りに生活してるんだい。ちょっとは何か行動しなさい。」
とのこと。
「行動って何をすればいいんだよ」
と言い返したら
「それぐらい自分で考えろ」
と言われた。
考えた結果、果報を寝て待つことにした。
今度は妻(予定)に叩かれた。
曰く、「またガソリンの値段が上がった。」
と。
すっごく関係が無かった。
「意味がわからない」
と叫び返したら、
「味噌はやっぱり白味噌よね」
と返された。
そんな妻(未定)だが、やはり結婚が延期になるのは心穏やかでではないようで、
「あの義弟め、見付けたらニューハーフに改造してやる。」
と、憤っていた。
そんな妻(仮定)を宥めつつ、しょうがないから弟のアパートに何か手掛かりがないかと警察の方と一緒にやって来た今日このごろ。
てか今。
行方不明者の家を刑事やら警官数人がかりで捜索する程日本の警察は暇、もとい仕事熱心なのかと思ったら、なんとアパートの近くで殺人事件が起こったらしくその事件の容疑者、もしくは被害者として捜索対象となっているのだそうだ。
兄としてはどちらでも困るのだが、まあ、それで弟が見付かるのであればラッキーと思っておこう。
出来れば殺人犯より死体の方であってほしい。
別に死んで欲しいわけではないのであしからず。あくまで二者択一での話です。
そんなこんなで弟の部屋を捜索、別名物色中。物が無いのにごちゃごちゃしているという希有なこの一室の、まったくもってジャンルも趣向もバラバラな本棚の中からとあるモノを発見した。
それは一冊のアルバム
何気なく開いてみるとそこには高校時代の俺と中学生時代の弟の写真が何枚か。
その中にある一枚の写真に目が止まってしまった。
目付きの悪い青年と黒髪の女性が笑顔でピースしている写真。
それを見て思い出す。
友人と遊んだ記憶
行方不明になった弟の姿
妻(推定)と初めて出会った瞬間
「懐かしい」
気が付けば俺の横で写真を見つめる妻(暫定)。
その横顔を見ながら更に思い出す。
あの懐かしい日々を
あの
滑稽すぎた青春を。
はじめまして。もしくはこんにちは。
どちらにせよすいませんでした。
まず始めに、この小説の主人公は、『この最悪なる世界と』の主人公イッヒの兄です。そのため心理描写や行動が似たり寄ったりなとこれがございます。
また、このプロなローグは『この最悪なる世界と』とリンクしている設定です。
ご了承下さい。
それでは悪楽駄文ですがどうぞ。
追伸
『この最悪なる世界と』が完結いたしましたので、興味がありましたら読んで頂けると嬉しいです。今回の主人公が冒頭部分に登場しています。