第十九話
三男、広見くんの過去編2です。
高本先輩は副部長で、普段から楢崎先輩と色々と周りに目を配ってくれる一方、楢崎先輩が不在の時や手が回らない時に補佐をしてくれるなど科学部に欠かせない存在だ。
星田先輩は小さい頃から民間の実験教室などによく通っていたようで、科学を愛し科学に愛された生粋の科学マンという感じだ。科学部の実験内容に関して色々と提案をしてくれるらしい。
みかるん、と呼ばれていた三宅先輩は楢崎先輩の幼少期からの幼馴染らしい。ただ、楢崎先輩とは違い、あまり俺たち後輩たちと進んで交流をするタイプではない。分からないことがあれば質問するが、それ以外のおしゃべりなどを好まないようだ。だけど、不愛想で話しかけづらいということはなく、適度な距離を保っていてくれているという印象。
「―――と、いうわけで、今回は地域の小学生向けのサイエンス×マジックという趣旨で不思議なショーを披露することになりました。夏休み向けの企画なので、家族で来てくれるお客さんが多いんじゃないかな。今、簡単な内容は星田と冊子にまとめてみたので、目を通してみて。一年生の金剛くんと山口くん」
高本先輩から急に名前を呼ばれ、少しぼんやりと話を聞いていた俺はびくっと体を震わせた。
「今回は君たち一年生も参加してくれると楢崎さんから聞いたので、正直めっちゃ嬉しいです。冊子に書いてあること以外で何か気づいたこととか、これやってみたいとかあったらどんどん言ってね」
「はいはいはーい!シルクハットから鳩はありですかー?」
隣の山口くんが元気よく手を挙げて言ったが、「それは無し」と高本先輩がばっさりと切り捨てた。
「当たり前だろ、サイエンス×マジックだぞ。サイエンスの要素が皆無だ」
腕組みをして聞いていた星田先輩は呆れたようにそう言った。
俺は配られた冊子を開いてみた。
『巨大空気砲―――煙のわっかが空中をどこまでも飛んでいく』
『水の入ったビニール袋―――ビニールに鉛筆を指しても水が零れません』
『紅茶が色付きジュースに変身―――紅茶が一瞬で色が変化します』
なかなか面白そうな催しがたくさん載っている。自分が参加を表明した時には心配になったが、今は好奇心がそれを上回っている。
「……あの、BTB溶液とか、生石灰とか使ったマジックとかも面白そうですよね」
小さな声で呟いたはずなのに、それを星田先輩が聞きつけたようでぴくりと目元を震わせた。
「BTB溶液、ブロモチモールブルーだな。そして、生石灰は温度変化を利用したマジックだな。それも少し考えていたんだ。いや、凄いな金剛くん。目の付け所が違う。ぜひ、発案の方に君の意見をもうちょっと参考にさせて欲しい!」
「ちょいちょい、星田、ちょっと距離の取り方を考慮してあげてよ」
高本先輩が笑いながら制止を掛けてくれるが、星田先輩は興奮が冷めやらぬのか目が血走ってしまっている。
「お、俺なんかで、良ければ」
「ぜひ、二学期の文化祭の発表でも君の力を借りたい!」
「ただいま戻りましたーおっと、どうしたの星田くん、めっちゃ目が輝いてるよ」
楢崎先輩と三宅先輩が連れ添って科学室に戻ってきた。
「金剛くんのサイエンスショーの提案に星田が興奮しちゃってさ」
「へぇーさっすが金剛くんだね。やっぱり、戦力になってくれると思ったよ」
楢崎先輩の嬉しそうな顔を見ると、やはり心がほわほわと温かくなるようだった。
普段の科学部の活動とは別に、サイエンスショーの準備を並行して行うのはなかなかに骨が折れる作業だった。それでもやはり終わらず、楢崎先輩が石浜先生に掛け合って、土曜日だけ部室を使わせてもらえることになった。
星田先輩は小さい頃からよく科学館に連れて行ってもらったこともあり、様々なサイエンスマジックの本を読みこんで自身で行ったりもしていたようだ。将来は科学者というよりは、サイエンスの楽しさを子供たちなどに教える仕事に就きたいらしい。
俺も科学は好きだ。出来る限り、科学の世界に触れていたいと思う。
だけど、星田先輩のように将来その科学の知識や興味を活かしたいのかと聞かれれば、そこで思考がストップしてしまう。
科学はわからないを解明していく、未開の地を踏み、考え考え実践し失敗しその独自の法則を探し出していく学問だ。それが、本当に面白いし楽しい。
だけど俺は、そのまま自分の好きなものに飛び込んでいけないし、躊躇してしまう。
その躊躇の原因を自分の家庭環境の所為じゃないかと訝しがることが、科学そのものを冒涜しているようで、自分が好きなものを好きと主張するべきではないとどこかでセーブしてしまっている。
夏休みに入り、俺は家と図書館の往復、科学部の活動、もしくは家業の手伝いに明け暮れていた。
この夏、多聞兄さんが家を出ていった。
前日、母さんと何やら言い合いをしていたが、兄さんは俺と良知兄さんに「店のことよろしくな」と一言告げてあっさりと家を後にした。
良知兄さんは大きなため息をついた。その理由は分かっていた。
先日、良知兄さんの部屋で見慣れないスーツが掛かっていたのを目にしていた。兄さんは、人知れず、この家から離れた場所で違う第二の人生を歩もうとしていたんじゃないだろうか。
だけど、その前に多聞兄さんがさっさと家を出て行ってしまった。袖を通すことなく、店の跡取りという立場から逃れられないと自ら袋小路に飛び込んだのだろう。
俺からすれば、自分の将来をちゃんと見据えて行動に移せる兄さんたちが凄いなと思う。
自分が兄さんたちぐらいになった時に、きちんと決断が出来るのだろうか。
科学館までは電車とバスを使って大体一時間くらい掛かった。
準備もあったので、開館時間の一時間以上前に着いている必要があり、夏休みで体内時計に狂った体に鞭を打ち、目をこすりながら出発した。
私服の上に科学者っぽく白衣を纏った。星田先輩がこっそりと用意をしてくれていたらしい。
一日の中で10時と13時の二回にサイエンスショーを行った。事前に楢崎先輩と三宅先輩で宣伝のためのポスターを作って配ったり、近隣のお店などに置かせてもらったりしていたので集客力はばっちりだった。小学生をターゲットにしていたが、就学前の小さな子や大学生や大人たちまで様々な年齢層のお客さんたちが見に来てくれた。
俺は星田先輩と実践チーム。高山先輩や山口くんはMC、楢橋先輩や三宅先輩はサイエンスショーの裏方で準備などを担当した。やはり手馴れている星田先輩についてくのは大変だったが、ミスのないようたくさん練習してきた甲斐もあり、大成功に終わった。
科学館の方からお茶とお菓子の入った袋を功労としてもらうと、帰りのバスでは緊張が取れていつの間にか爆睡してしまった。
「―――金剛くん、駅に着いたよ」
楢崎先輩の声に起こされ、俺は目をしょぼしょぼさせながら後をついて行った。
「はい、皆、今日はお疲れさまでした。今日はゆっくり休んでね。二学期には文化祭の研究発表があるので、また忙しくなるけど残りの夏休みを満喫してね」
駅からは各自解散となり、俺は山口くんと帰ろうとした。その時、目の端に煙草を咥えた男性が手を挙げて楢崎先輩に近づく姿が入ってきた。
楢崎先輩はいつもの笑顔から硬い表情になると、三宅先輩に手を振りその男性と共に歩いて行った。
(お父さん、ではなさそうだよな?)
「金剛くん、どうしたの、帰ろう」
山口くんの声に、俺は視線を外した。
でも、一緒に帰ったということは親類とか知り合いの男性だろうし、気にすることはないだろうとその時は、軽く考えていた。
残りの夏休みは相変わらず店の手伝い、図書館、何故かミスミ青果店の手伝いに駆り出されたりとあっという間に過ぎていった。
9月に入るとすぐに文化祭の準備に取り掛かった。今年は人が入れるシャボン玉作り、カルメ焼き、スライム作り、あと科学館で好評だったサイエンスショーの一部も披露することになった。俺は研究展示をすることになり、「水溶液の電気伝導と化学変化について」という題目で準備をし、ただただ忙しく毎日を過ごしていた。
文化祭当日、詳しい開催日時を伝えていなかったのに良知兄さんが来てくれた。
「玲ちゃんが教えてくれたんだよ」と口にし、恥かしく思いながらも心の中で玲に感謝した。
科学部の実験コーナーで人の流れを落ち着き、室内を見回すと自分の研究内容の前に見覚えのある少年が立っていた。
「あれ、確か君は……」
「惣菜の金剛の、あ、すみません、金剛先輩ですよね。お久しぶりです」
「楢崎先輩の、弟さんだよね」
「はい、光です。この研究内容、金剛先輩のですよね。凄いなぁ、読んでも僕には見当もつきませんよ。姉さんも金剛くんは凄く頭がいいんだって褒めていましたよ」
にっこりと笑みを浮かべているはずなのに、どこか自分を見定めしているような雰囲気を醸し出している。
「あ、ありがとう」
「ああ、僕も早く中学生になって科学部の一員になりたいなぁ。金剛先輩と一緒に実験とかするの、凄く楽しみにしているんです」
未来への希望にあふれている、それは彼の目の輝きで分かる。ただ、毎日を淡々と過ごして、未来への展望を一片も持ち合わせていない自分との落差を感じさせられた。
「うん、皆、歓迎するよ」
あっという間に一年が過ぎて、進級の季節がやってきた。
二年生になると、今度は山口くんと同じクラスになり、少なからず話せる同級生と一緒になり安堵した。それと共に今年は玲とも同じクラスになった。
玲はソフトボール部のキャッチャーをしているらしく、毎日真っ黒になってくる。俺とは対照的な肌の色なのが面白いらしく、毎日腕と腕をくっつけようとするので正直困っている。普段、クラスの女子と会話をしないので、玲との関係性を勘繰ってくるのだ。玲とはただの腐れ縁なので、勘違いはしないで欲しいと思う。
今年は五名ほど一年生が入ってきた。もちろん、楢崎光くんもいる。
楢崎先輩は部長として色々と指示したりするのが光くんを前にすると少し照れくさそうにするが、その姿を光くんはとても幸せそうに見つめている。
でも、楢崎先輩が部長なのは一学期までだ。三年生は受験があるので、二学期には完全に引退という形になる。
科学館のサイエンスショーをきっかけに、俺は星田先輩や高山先輩とよくしゃべるようになったが、二人からは次期部長は俺にやって欲しいと言われている。
正直、楢崎先輩のように周りの気配りや柔軟性は俺に欠けているので、別の二年生を指名して欲しいと思っている。山口くんなんかは明るい性格のため、三年生からも一年生からもすでに慕われているし、彼になって欲しいと思う。
俺は、我儘だと思われるだろうが、ただ科学のことだけに集中していたいのだ。
「金剛先輩!今帰りですか?」
振り返ると手を振りこちらに向かって走ってくる姿が見えた。
「楢崎くん、どうしたの?先輩と一緒じゃなかったの?」
「それが、姿が見えなくて……先に帰ったのかも。一緒に帰ってもいいですか?」
「うん、いいよ」
えへへ、と無邪気に笑う光くんに、俺も自然と笑みが浮かんだ。
「楢崎くん、学校はどう?」
「そうですね、まぁ、楽しいといえば楽しいですかね。あ、でも科学部は特に楽しいです。姉さんも、金剛先輩もいるし」
「そっか……」
昔から会話が弾むといった経験もないので、そこから話す内容が思いつかなくなってしまった。だけど、隣の光くんは静かに夕焼け空を見上げている。それに気づき、別に頑張って会話をしようと思わなくてもいいか、と気づかされる。
しばらく歩いていると、前から勢いよく誰かが走ってくる。
「―――姉さん?」
「光!」
楢崎先輩はだらだらと滂沱の涙を流しながら光くんにしがみ付いた。
「何があったの?もしかして、またあいつが―――」
そこまで言うと、楢崎先輩は隣に佇む俺に気付き、大きくかぶりを振った。
「光、違うの、そうじゃないの、そうじゃ」
「―――晴、何勝手に離れてんだ」
声の方を向くと、煙草をふかしながら壮年の男性がこちらを睨みつけていた。
どこかで見覚えがあった。
「あ、光もいたのか。今日の約束を違えるんじゃねぇぞ。おまえたちに、その権限は一切無いんだからな」
隣の光くんが、これまでに見たことのない形相で男性を睨みつけていた。
中編です。後編に続きます。




