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金剛兄弟は途方に暮れる  作者: 山神まつり
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第一話

一話一話語り手を変えて書いています。

着地点がまだよく分かりませんが、悩みながらも模索していく三兄弟の日常を描けたらと思います。

父が死んだ。


厨房でメンチカツのひき肉を成形している時に脳卒中で倒れてあっという間だった。


まだ58歳で、足腰もしっかりしていたし、石のように固い煎餅も前歯でばりばりかみ砕いてしまう元気な父だった。


「ただ、父さん病院嫌いでろくに検査もしていなかったのよね……」


母は急な父の死に取り乱すことなく、淡々とそんなことを漏らしながらお通夜や告別式の手続きをしていた。


お通夜は自宅で行い、告別式は近くの葬祭会場を借りて行われた。


その間、お店は忌中休業をしていたが、三日くらいでまた再開することになった。


「惣菜の金剛」は祖父の代から続くお惣菜を販売している店だ。昔は人の行き来が頻繁だったレインボー商店街の一角にあったが、近くに大型のショッピングセンターや安さが売りの大手のスーパーが立て続けてオープンし、そこにお客の大半が流れて行ってしまっている現実が直面していた。


そんな試練が訪れても、父は毎日のように新しい惣菜メニューを考案して奮闘しているようだった。母は父の傍でメンチカツやコロッケなど油物を担当していた。


母の傍で煮物やサラダ類などを担当し、接客を行っていたのが長男の良知兄さんで、三人体制でお店を回していた。


「そろそろお店を始める準備をしないといけないよね。野澤精肉店やミスミ青果さんにも声を掛けないと……」


良知兄さんはぶつぶつと呟いている。


「広見ー母ちゃんは?」


次男の多聞兄さんが声をかけてきた。茶髪なのか金髪か分からない肩までの長い髪を後ろで一つにまとめてキッチンから顔を覗かせている。


「知らない。買い物じゃないの?」


「ふーん、俺、明日バイトがあるから夕飯食べたら帰るわ」


その時、二階からずるずると何かを引きずる音が聞こえてきた。


「ちょっと、多聞か広見そこにいるんでしょ?荷物下ろしてちょうだい」


「荷物?何の?」


「私のよ」


母さんは大きなボストンバックを二つ掲げて立っていた。


「……何?どこか旅行でも行くわけ?」


「旅行じゃないわよ。ここから出ていくの」


「―—―はぁ!?」


息子二人が下で固まっているのを見て母さんはちっと舌打ちをすると、一つずつバックを自力で下ろし始めた。


「何、二人共どうしたの?」


階下が騒がしいのに気付いた良知兄さんが近づいてくると、母の持つボストンバックにぶつかりどすんと尻もちをついた。


「……あのさ、話が分からないんだけど。それって今やるべきこと?」


多聞兄さんは額に人差し指を当てながら呟いた。


俺も追随するように頷いた。


「え?何?何のこと?」


話の展開が分からない良知兄さんは床に座りながら声を上げた。


そして、母の横にある大きなボストンバックを見つめ顔色を変えた。


「時期に関してはきちんと父さんと話し合って決めたことなの。まさか、父さんがこんなに早く死んじゃうとは思わなかったけど。私は妻として喪主としてやるべきことはやったわ。四十九日には一旦戻るから、お店のことはあんたたち三人で協力してやりなさい」


「―—―どういうこと?母さんが家を出ることは、父さんは了解済みだったってこと?」


「そうよ」


「だからって―――!」


良知兄さんは拳を握りしめて苦しそうに声を上げた。


「だからって、父さんが死んで間もないのに、お店も捨てて家を出ていくなんて母さんおかしいよ!」


「私はね、もう油にまみれる人生なんてこりごりなのよ……」


母さんの絞り出すような声に俺たちは口を閉ざした。


そこには何の表情もなく自分たちを見下ろす母だったはずの女性が立っている。


「父さんも元気だったはずなのに58でいきなり倒れて死んだ。しかも、源三義父さんが具合を悪くしたから仕方なく実家を継いだのよ。父さんには夢があったのに。私もね、高校時代から仲良くしている早苗ちゃんが会社を始めたからお手伝いしたいの。一人残された未亡人が孤独死しないよう皆でシェアハウスをして残りの人生を謳歌することを推奨するそんな会社。私のその夢を父さんも応援してくれるって話してくれた。だから私も残りの人生、謳歌しようと思うの」


「そんな、勝手な―――」


「あんたたちのお母さんももう終わり。母業も卒業します。良知ももう27だし、多聞もバイトや売れないバンドをずっとやっていないで良知の手伝いをしなさい。広見も来年受験生だし、大学に行く費用はきちんと貯めてあるから今は勉強に専念しなさい。はい、通達事項は以上です。質問は?」


「―—―住む場所は、あるの?」


俺の言葉に母はにっこりと頷いた。


「早苗ちゃんが用意してくれたアパートがあるから大丈夫よ」




母は大きなボストンバック二つを抱え、よたよたと歩きながらレインボー商店街をあとにした。足取りは危なっかしいが、その背中はしゃんと真っすぐ伸びていた。


輝かしい未来への道を母は辿って行った。


壁にもたれながらうなだれる良知兄さんと、庭先で煙草をふかす多聞兄さん。そして母が出て行って男三兄弟残されましたと担任の先生と幼馴染のあきらに明日話してみるかと考えている三男の俺がぼんやりと夕焼けを見上げていた。


大丈夫。


前途多難かもしれないけれど、明日は今日よりも明るいと信じてみる。



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