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龍のアシカセ  作者: 莉.
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「前世の履歴」

 刺すような目覚ましの音に起こされ、衣兎は目を覚ます。枕元にある携帯に手を伸ばし、時間を確認した。「やば、もうこんな時間」勢いよく飛び起きると慌てて洗顔、着替え、全ての支度を済ませた。着替える前にセットして焼け上がったトーストに勢いよく手を伸ばすと同時に足の小指を椅子の角にぶつけ、「月曜から運勢最悪」と悶絶した。まだ小指の痛みは治まっていないが時間が押しているため、急いでトーストを口に詰め込み玄関を出た。「寒すぎ」と冬の風に身震いし、小走りで駅へと向かう。

電車が車両点検の影響で数分遅延していたため、いつもと同じ電車で駅を出ることができた。安堵から一つ大きなため息を吐き、空いている席に座り、スマホでニュースを眺める。「あの大企業が前世の履歴を採用と発表。就活生への影響はいかに。」「多くの大企業による前世の履歴書採用決定を受け、龍城グループの株価上昇中。」相次ぐ「前世の履歴」というニュースに衣兎は世も末だと呆れて何も言葉が思いつかない状態になっていた。というのも、衣兎は「前世の履歴」を就活中に提出したことで希望する全ての会社から内定を貰えなかったと感じているからだ。呆れて画面をスクロールしていくと気になる記事を見つけた。「前世の履歴が採用される訳。」衣兎がその記事を開こうとした時、電車が会社の最寄駅につき扉を開けていた。それに気づき慌てて下車すると、スマホをポケットにしまい改札、そして会社へと向かった。

 衣兎が勤める会社は36階建て雑居ビルの14階にあった。

雑居ビルのエントランスホールは3階まで吹抜けになっており、高さ3メートルはくだらないガラス窓が入り口側と外の国道側の二面に設置されている。そのため、外からエントランスホールに入った時の解放感がその空間にはあった。ガラスの自動ドアをくぐってホールに入る。50メートル先の突き当たりにいつも利用しているエレベーターが5台設置されており、左側の壁際にはいかにも木をそのまま加工した見た目のベンチが置かれていた。朝の通勤時間帯でそのベンチを利用する人はあまり見かけないが、昼休憩や退職時には座って電話をしていたり、数人で座り話しこんでいる人たちをよく見かける。衣兎はエントランスホールに入るといつもの様にエレベーターに向かった。今日が今までと少し違うと強いて言うなら壁際のベンチに2人の男女が座っているところだ。目の前を通り過ぎる人混みをただ眺めているように見えた。

 男の髪はミディアムくらいの長さでセンターに分け、耳上まで真っ直ぐ伸ばしている。こちら側からでも相手の目がハッキリとわかる透明度の高いサングラスの縁は細い銀色とおしゃれなものをかけている。衣兎がその男を見るとどこかの取材にでも来たモデルかと思うほど冷たく綺麗な顔立ちをしていた。女性の方は高級そうな白色のスーツを綺麗に着こなし、胸下まである黒かみをストレートに下ろしていた。こちらもハッキリとした顔立ちをしており、モデルと言われても納得がいくオーラを放っているように見えた。

 すると、エレベーター側から白髪混じりの短髪にスーツを着こなした男性が走ってその2人に近づいてきた。彼らに一礼をした後、エレベーターの方へと案内を始めた。走ってきた男性の腰の低そうな姿勢を見るとおそらく彼らは男性が勤める会社のお得意様か何かだろう。案内されている彼らを観察しながらエレベータに近づくとタイミング悪く彼らと同じタイミングで乗り込むことになってしまった。さっきまでまじまじと観察していたからか、衣兎は少し気まずく感じていた。もう一度その気まづさを確かめるように衣兎はさっきの男性の方を横目で軽く覗いた。するとタイミングが良すぎたのか、あいにく目が合ってしまった。冷酷そうな目つきを透明のサングラス越しに見た衣兎は、まるで小動物が肉食獣に見つめられた様に背筋が身震いしたのがわかった。

 しばらくしてから到着のチャイムがなり、兎はそそくさとエレベータを降りた。「いくらなんでもあんなに強く睨まなくていいのに」心の内でつぶやき、会社の自席へと急いで向かった。

 衣兎は人材派遣会社の事務員をしている。派遣として働きたい志望者とメールや電話のやり取り、面接を度々行うという毎日決まった業務に飽き始めてきたと言うのが衣兎の本音であった。新卒で働き始めてもう3年になる。新しく転職してもいいのではないかと思うのだが、今朝見たニュースのように「前世の履歴」を採用する企業が増えたとなってはおそらく自分は採用される望みはないだろうと諦めていた。

 衣兎がいつものようにパソコンに電源を入れようとした時、課長が声をかけてきた。「鎌田さんちょっといい?」衣兎は二言返事で課長の後をついて行った。すると社長室のドア前まで案内された。課長がドアをノックし室内から返事が聞こえると衣兎を中へ入るよう促し、自分はドアを閉めてどこかへ行ってしまった。室内には1階で見かけたベンチに座っていた男女の2人と2人をエレベーターへ案内した白髪混じりのスーツ姿の人がいる。衣兎は一体このメンバーは何の集まりなのか必死に頭を回転させた。まず、自分が社長室にいることからおそらく、白髪混じりのスーツの人が社長で、2人をここまで案内してきたと見て間違いない。だが、男女2人組が一体誰なのかどれだけ記憶を遡っても衣兎にはわからなかった。すると社長が話し始めた。

「当社の事務員をしております。鎌田衣兎かまたいとでございます。何かと至らない事は多いかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。」衣兎には何が何だか全くわからなかった。すると男が口を開く。「兎」きょとんとした衣兎を見た女が何かを察したように話し始めた。「ごめんなさいね。急な話で。私、株式会社スノーウィンの中栄間雪乃なかえまゆきのです。そして、こっちのサングラスをかけているのが代田秋しろたあきです。以前社長さんと事務員を派遣して欲しいと話をさせて頂いてて、今日から鎌田さんをうちに派遣していただくことになったの。色々話が速すぎてわからないかと思うけど、よろしくお願いします。」雪乃は秋に挨拶をする様に促すと「よろしく。」と秋は小さく頭を下げた。頭の回転を視線で表しているかのように定まらない衣兎の様子を見て社長が付け加えた。「中栄間さんとはよく取引をさせていただいて、以前事務員の派遣をご要望だったんだけど、お得意様に安心して派遣できる事務員のスキルを持っているのが鎌田さんしか思いつかなくてね。急な話で申し訳ないんだけど、派遣お願いできるかな?中栄間さんとは環境に順応できなかったらいつでも戻ってきていいという話になっているんだ。」何が何だかようやく理解できた衣兎は裏返りそうな声で「わかりました。よろしくお願い致します。」と答えた。

 社長室で何枚かの契約書にサインし部屋を出た衣兎は正直ワクワクしていた。と言うのも、転職せずに転職できたのではないかと、新しい職場に就く事へ期待をのせていた。衣兎がしばらく空ける予定の自席を片づけていると社長室から雪乃と秋が出てきた。やはりあの2人はオーラがある。パソコンに向かっていた数人の事務員の目が彼らに集まっているのが分かる。「モデルさんみたいで身長高いね。」後ろから聞こえてきた会話には衣兎も同意だった。


読んでいたいただきありがとうございます。

感想頂けたら嬉しいですm(_ _)m

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