3 君への回帰②
「――ねえ、どうしてあんなに荷物を持ちたがったの?」
それまでヴァーンの隣りで後ろからライカとリドゥを見ていたエセルが、するりとヴァーンの側を離れると、空いたライカの横に立った。
「どうしてって……。一応あたしのせいみたいなもんだし、何て言うの? 私妹と弟が合わせて6人いるの。で、面倒ずっと見てきたからさ、その調子でどうしても振舞っちゃう、ってとこかしら」
でもさっきはちょっとびっくりしたかも、とぶん、と荷物を振りまわしながらライカは呟いた。
「最初はさあ、断然うちの弟妹達より手が掛かってたのに、さっきの本当にすっごく普通な会話だったし」
「……」
えらく少年じみた。くっきりとした輪郭を残すような、腕に爪を立てるような。
それは進化と呼ぶのか、それとも回帰しているのか、『君』の居場所へ。そして近付く城。まだここからはその幻影すら臨めないものの、この道は確かに城に続いている、気がする――。
「エセル、エセル」
後ろから軽く手招きをしつつヴァーンがそう声をかけた。隣りにいたライカはぴくりと肩を僅かに震わせたものの、表情は変えずに何か呼んでるわよ、とエセルに言った。
「なあに、ヴァーン」
エセルがゆっくりと振り返る。ちょっと来いよ、とヴァーンは続けた。
「なあに?」
不思議そうに首を傾げながら、エセルはすいっとヴァーンの隣りにおさまった。
「俺さ、昨日お前が言ってたこと分かったかもしんない。こういうことだろ、つまりさ、リドゥが……」
そこで自分の名前が呼ばれたのにふと気付いたリドゥは何気なく振り向いた。話すのに夢中なのか、まだヴァーンは気付いていない。
次に、耳に飛び込んできたのは「ラ」の音だった。瞬間、話題が何となく読めたリドゥは素早く剣を抜くと、その白刃をすっとヴァーンに向けた。
「おい、危ねえじゃねえかよ……!」
流石に気付いたヴァーンがきっと眦を上げて怒ったように言い捨てた。
「――続きを言うのは許さない」
それだけを、呟く。――やっぱり、嫌だ。自分にも良く見えないものを、見られるのは嫌だ。
そして、気付いたことが一つ。
(あ……)
ひどく残虐な物言いを自分もしていたことに。
「――あんた達、何やってるのよ」
どこか呆れたような声が、ふっと背中の方から降ってきた。ライカ・サファイア。振り向かなくっても、腕を腰に当てて怪訝そうな顔をしているのが、分かる。リドゥは黙ったまま剣を鞘におさめると、改めて振り返った。描いていた通りの彼女が、そこにいた。
「なあに?」
視線を感じたのか、少し首を傾げてライカが尋ねる。リドゥは、あの、と言いかけたが、感じる居心地の悪さに負けて、わざとライカを振り切ってすたすたと歩き出した。そうすれば、彼女は必ず追ってくるだろうと思いながら。
案の定、何なのよ、と文句を言いながらライカは追いかけてくる。丁度いい距離が取れた瞬間、歩みを遅めたリドゥは思惑通りライカに捕まった。
「何なのよ、もう……」
言い募ろうとした彼女の台詞に覆い被せるようにして、言葉を口にする。
「――ごめん……」
「は? 何が?」
返ってきたのはすっとんきょうな声だった。
「だから、あの、前の……」
言い淀んだ彼に、ライカはあっさりと答える。
「『お前の負けだな』ってやつ?」
そのあまりにもさばさばした言い方にいささか拍子抜けしながら、リドゥはこくりと頷いた。
「やだなあ、あたしそんなに執念深いように見えるわけ? いいわよ、もう。――大体やっぱり私だって見れば分かるもん……。もういいの、それは。だからあんたも気にしなくて良いわよ」
あ、他のことはちゃんと気にしといてよね、としっかり付け足しながら、ライカはひょい、と両手を頭の後ろで組んだ。
「でもさ、リドゥってちょっと面白いわよね」
「何が」
「だって元宮廷暮らしなのに謝り慣れてるんだもん、意外と。――私田舎に住んでるからお城はもちろん、王様とかも一度も拝見したことないけど、何となく大事にされ慣れてる感じがするじゃない? だからもっと尊大なのかな、とか思ってた。そりゃ最初の方のあんたはそうだったけど」
「あれは……」
気まずそうに顔を横に向けたリドゥに、ライカはぽん、とその肩を叩いた。
「――冗談よ」
「……」
叩かれたその肩に触れるようにして、リドゥはしばしその場に立ち止まった。風が、通り抜けた。