1 嘘と真実⑦
「――ほんと、結構見直してやってもいいかもよ、ねえエセル? 棒きれでやってるヴァーンはおいとくにしてもさあ」
ぱあん、と上から声が降ってくる。振り仰がなくてもすぐ分かる。――ライカだ。
彼女は窓枠に腕を組んでもたれかかるようにしていた。隣りにちょっと困ったように微笑んでいるエセルが立っている。
「――何だよ、タダで見るんじゃねえよ」
どこか恥ずかしそうにヴァーンが言い放つ。ライカはふう、とわざとらしい溜め息をついた後、軽々と追い討ちをかけた。
「……。あのね、そんなんでお金とれるわけないでしょ」
「うるっせえなあ、じゃあお前できんのか?!」
「言ったわね、あたしはティエ村で一番のダーツの名手なんだから、少なくともあんたよりは断然よ!」
根拠は何処にあるっつーんだよ、と挑発するようにヴァーンが言って、上を見上げた。ライカは、
「あ、何なら今からあたしと勝負する? 負けた方が明日からの旅の荷物持ちよ!」
と正面きってそれに乗った。
「おーその勝負受けてたとうじゃねえか……っておい、お前何自分には関係ないみたいな顔してんだよ」
「……関係ないだろ」
唐突に話を振られてあきれ顔でリドゥが答える。
「大有りだよ、お前審判な」
「は?」
「だってちゃんと剣術の事分かるのお前だけだろ? エセルの専門は精霊使いだし、お前しかいねえんだよ」
「……」
リドゥは困ったようにエセルを仰ぎ見た。エセルはごめんなさい、こうなったら止められないわ、と言うように首を横に振ってみせた。その横でライカがそこどいてよ、と言いながら景気良く窓枠を飛び越えて降りてくる。丁度落下点にいたリドゥは何故かそこから動けなかった。そしてそのまま下敷きになる格好になった。
「……!」
「あたた……。ごめん、だけどなんでどかなかったのよ、どいてって言ったでしょ」
――答えられるものか。
黙ったまま埃を払って、立ち上がろうと右手に重心をかけた時、
「……!」
やおら痛みが走った。咄嗟に右の手首を押さえる。少しだけ鼓動を感じた。
「? 何やってるの?」
ひょい、とライカが覗き込んでくる。そして彼女は野生の勘とでも言うべき目聡さで、すぐに微かに腫れた右手首に気付くと、あら、と呟いた。
「もしかして今のでひねっちゃった……? ごめんね、大丈夫?」
「何やってんだよお前、こんな女の下敷きになったら捻挫くらいじゃ済まされないとこだったんだぜ? 危ねえなあ」
「何それ、すっごく聞き捨てならないわね! ――って馬鹿の相手してる場合じゃなかったわ、ほら、手出して」
かみつくようにヴァーンに言葉を投げてから、ライカはすぐさま振り返り、すっと手を差し伸べた。
「――平気だ」
リドゥはそう言うと、庇うようにして、ぱっと右手を自分の胸元に引き寄せた。
「別に何でもない」
言いながら今度は左手で身体を起こす。そして彼女達に背を向けて、宿屋の入り口を目指した。
眩しいくらいのその手を、取れなかったのは何故か。
(クリスだったら)
(ライカだから)
君だから。
たどり着きたい場所へ、行く為に。自分の、この足で。まだうまく、見ることができないから。動けなかった、その理由を、語るようにはできてないから。