1 嘘と真実⑤
そして再び、リドゥ・エルへ。彼の方は逆に不透明な状態から徐々に温度を取り戻しつつあった。
少しずつ、食べ物が喉を通るようになる。そうなると食事と言う行為はきちんとした形態を取ってきて、彼のそれはしばしライカ達の動きを止めさせた。妙に動作が洗練されていたのだ。一挙手一投足が注目を浴びる『王子』として、完璧な教育を施されてきた結果だった。たかがサラダにフォークを入れるだけでもある種の品の良さを感じさせる。
「……」
ほう、という溜め息をまずライカがつき、それにつられて視線をリドゥに向けたエセルがそっとヴァーンの裾を引いて、ヴァーンはさくりと
「すげえな」
と呟いた。
「――何が」
どうにも居心地の悪い視線を浴びてリドゥはちょっと瞳を細めてそう答える。それにライカが、
「無駄に綺麗な食べ方が。とても同じもんを食べてるとは思えないわ、全く」
と答え、エセルも頷きつつじろじろ見ちゃってごめんなさいね、と謝った。
「……」
何とも返答しがたいコメントを貰ってリドゥは黙り込んだ。自分にとっては全くの『普通』だったからだ。――世界には幾つ自分の『普通』ではない普通が存在するのだろう。望んだように、全てを明かしても、まだ隔てる何かが存在するのか。……そう言えば、今食べているものが何と言う名前かすら分からなかった。
「――これ、何」
ふと皿の上の卵料理を指差す。
「何って、たまごじゃない。あんた何言ってるのよ」
「……。ライカ、お前それ違うんじゃねえの?」
呆れたようなヴァーンの突っ込みにリドゥは頷くと、
「――料理の名前だ」
と切り返した。
「あー何だそういうこと。――これは目玉焼き。まー見ての通りの名前ね。ちなみにあたしは黄身が柔らかい方が好き」
「聞いてない」
「あのねえ、こういう時は、俺はどっちがいいとか、ふうん、そうなんだ、とか、そういう反応をしなさいよ! それが会話の広がりってやつよ!」
「ふうんそうなんだ」
えらく棒読みでそう呟く。ライカはそれにかしゃん、とフォークを置いて反応すると、席を立ち上がった。
「そんな心がこもってない言い方は全然駄目!!……って、お?」
手を上げかけたライカがいきなり動きを止める。少しだけリドゥが笑ったからだった。自嘲的でもなく哄笑でもなく、彼が心から欲する『普通』のそれだった。
「――何」
ライカに怪訝そうにリドゥが呟く。――自覚症状が無かったらしい。ライカは口をもごもごとさせたが、一瞬躊躇った後思っていたのと全く違う言葉を吐き出した。
「……。あー、まあいいわ。さ、ご飯の続き食べようっと」
釈然としない顔をして、リドゥは黙った。