1 嘘と真実④
時は緩やかに収束してゆく。ただ一つの未来へ。それが、誰の思い描く通りになるのかは分からない。画家の筆はカンヴァスを滑る。丹念に、クリスティ・フォーディーンの輪郭を写し取りながら、ふと、彼はそのブルーグレーの瞳の中に不可思議な光を見出した。恐れているのか、戦いを挑んでいるのか、勝利を確信しているのか、それとも冷たく冴え渡っているのか。自分にこの色が出せるだろうか――そんな不安感に襲われる。それ程その光は、形容し難いものであった。
「――手」
小さくクリスがそう呟く。
「手が止まっていますよ」
「あ……!申し訳ございません」
「何か考え事をしていたんですか?」
結局染み付いた敬語表現を崩すこと無く、クリスはそう問うた。画家は少し狼狽すると、
「――王の瞳を何色で塗れば良いのか考えておりました」
と正直に答えた。
「……」
もしも。
この玉座に座るのがリドゥ・エルであったならば。きっとこの画家は迷わずに空の青を使うのだろう。朽ち果てる事のない空の色を。――そう、城下町に飾られていた王子の肖像画は自分ではなかった。あれを見た何人の人間が、その瞳の色を憶えているのだろうか。そして新しく描かれた肖像画の瞳と、比べる事をするのだろうか。
指輪のサファイアと同じ青。
(勝つのは私だ)
なのに、こんなに気になるのはどうしてなのか――。
全てを手に入れられる筈だ。生きようとする力はこんなにも強い。後少しで、今までの人生を賭してまで欲したものが、永遠に自分のものになる。元来自分のものであった『王子』の称号と、恵まれた環境と、幸せな時間と、やがて受け継がれた玉座と……ありとあらゆるものを引き換えにして、今ここにいるのだ。長い長い時間の果てに。
それは循環してゆく思い。永遠に終わりを知る事がない思い。
やがて画家が決心した様に、一つの色をパレット上に生み出した。青と、灰と、光と陰と。ブルーグレーに宿る光と陰の全てを描ききろうとしたのだ。それが何なのか彼には分からないままだ。ただ、画家として、分からないものは分からないまま描こうと決めた、そういう心境だった。複雑過ぎる光を前に、画家は王に恐る恐る話しかける。
「……王」
「何ですか」
冷たいような温かいような返事が返る。
「私には王の瞳の色が未だに分かりませぬ。ただ、画家として私の目に写る王の瞳を描いてゆこうかと思っております。どうぞお許しを」
「――構いません」
答えの温度はまた理解しにくいものだった。