表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/96

4 追跡⑫

 クリスの話をし終えると、リドゥはそっと睫毛を伏せて笑った。思ったより嫌なものではなくて、それどころか楽になったのに驚いたのだ。勿論今だって辛くない筈がない。けれどそれとは違う次元で心が少し楽になったのも本当だった。

「――城下町の王子の肖像画は、素敵でした……。私この国に生まれて良かったと思ったんです。だってあんな綺麗な瞳をした人が私達の王子なんですもの」

「……」

 透き通るエセルの声にリドゥは沈黙を返す。

「――それちょっと誉め過ぎじゃない? だあってあたしすっごく苦労させられたもん、ねえリドゥ」

 さらりとライカがエセルの台詞に対し突っ込みを入れた。本当に『普通』に。

「――世の中って本当に何が起こるか分かったもんじゃねえな……」

ストレートに驚きを隠さずにヴァーンが呟いた。

「――別に」

 誰に返事をするともなくリドゥは言う。口癖になってしまったようなこの台詞は、ひどく便利だった。

「だからそれやめろって何度も言ってるでしょ?! だいたい誰に返事したのよ、それじゃ分からないじゃない」

「ライカ、お前ちったあ驚いたらどうだよ……」

 半ば呆れ声で言ったヴァーンに、ライカは不思議そうな瞳を向けた。

「何で? 充分驚いてるわよ、ほら。てっきり貰い物だと思ってたし、これ」

 そしてサファイアのピアスを掲げる。ヴァーンとエセルはそれをまじまじと見つめた。小さいけれど精巧なカメリアの封印が刻まれている。

「カメリアの封印……」

 全ての行いは折り重なる花びらのように重厚に、散る時は潔く椿のように。

幾重にも重なる花びらは思惑、中央に秘めたのは真実。そして名残惜しそうに花びらを一枚ずつ散らすのではなく、花の全てを落として――。

 それを守る謂れはもう無いのだ。だから、沈黙のまま身を引く必要は無い。最後の一片が無くなるまで、たとえどれだけ花びらがむしられようとも、立ち続けたって構わない。もう一度、もう一度――。

「……」

 震える唇。まだ思い通りにならない身体。揺らぎがちな『心様』――人をつくる根源である心の有り様――。みっともないところばかりだ。だけどこのままここにいても多分一生進めない。退路はさっき自分で断った。それなら。

「……城へ、行かないか……」

 振り返るエセルとヴァーン。ライカと瞳が合った。全てが凝縮されたそれでこちらを見る。

「確かめに、行かないか――」

 何をとは言わない。違うものが待っているから。誰に問うたのかも言わない。

 空気はその流れさえ止めたようだった。呼吸の音が聞こえそうな気がする。自分の心臓の音が響いていそうな気がする。リドゥ・エルは一瞬瞳を閉じた。

 やがて一つの声が返る。

「いいわよ」

 ライカ・サファイアだった。いいわよ、ともう一度繰り返す。

「一応あんたのお陰で私の家を売らずに済んだんだからね。それに乗りかけた船から降りる気なんて全然ないし。いいわよ、行きましょうよ」

「俺も行く。あの男が城にいるって言うんなら確かめなくちゃなんねえ。何の為にこんなことしたのか、何の為に親父やお袋や村の皆は死ななくちゃなんなかったのか……!」

「――ヴァーン」

「安心しろよエセル、もう間違わないから」

 不安そうにヴァーンを見上げたエセルに、彼はちょっと笑って見せた。濁りのない澄んだ瞳で。ふとリドゥはライカを見る。彼女はそれに気付くと少しだけこっちを睨んでみせた。……黙って視線を外す。そのタイミングを狙ったかのように、ヴァーンがもう一度口を開いた。

「……なんかさ、世の中で不幸なのは俺達だけじゃなかったって言うかさ、ああ、上手い言い方が思いつかねえけど、誰でも人生色々あるんだよな。――エセル前言ってたよな、『生きてていいのか分からない』って。いいんだよ。ここにいるんだからいいんだよ。それだけで、理由なんていちいちいらねえんだよ」

 エセルはその言葉に嬉しそうに頷いた。

「そうね……。ええ、一緒に行きましょう、皆で。私達の愛する世界をもっと愛するために。こうしてこんな所で出会えたのも、きっとものすごい奇跡なのよ。――ジュリアード様が、呼んで下さったのかもしれないわ……」

 元宮廷占い師。全ての根源となる『言葉』を生み出したその人が。

「全ての祈りは愛しい者の為に、そして道は貴方の為に――」と……。

 遺されたその言葉を、彼らは知らない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ