4 追跡⑩
「どうして知ってるんだよ?!」
鋭い声がヴァーンから発せられる。
「――見た事が、ある。『火』と『風』の精霊二体を従えていて。名前は――」
あの時のロイドの顔が思い出される。大事な、大事な人だった。自分の事を、リドゥ・エルの事を本気で心配してくれた唯一の人間だった。彼のことを思い出すのも辛い。今、どうしてここに居てくれないのか……。
「イリヤ」
「どこで見たんだよ!」
ヴァーンは微かに繋がった糸に全ての望みをかけているようだった。その先に何を見ているのかは知らない。分かるのはただひどく真摯な瞳で見つめている事だけで。
答えを、と急かす。
「……フォーディーン城……」
「え?」
エセルがぴくりと反応する。リドゥはそれを視界におさめてからすっと姿勢を伸ばし、その青い瞳を彼らに向けた。
「――お前が俺に何処かで会った事があると言ったのは、多分、肖像画を見たんだと思う……」
ぽつりと呟く。もう嫌だから。ここにはいたくないから。進むために、言葉を紡ぐ。それはひやりと冷たい刃のようだった。
「あんまり描かれるのは好きじゃなかったけど、二十歳の記念にってみんなに言われて、一枚だけ描かせたのがあった。それはずっと城下町に飾られていたから、多分……。城の外には殆ど出た事が無かったし……」
「ちょ、ちょっと待って、あんたまさか……!」
ライカが思いきりリドゥを指差して後ずさりする。彼はゆっくりと頷いた。
「――そう、あのピアスは貰ったんじゃない。あれは俺のものだった」
息を呑んで、次の瞬間ライカは一気に台詞を吐き出した。
「じゃ、今お城にいる王子は誰なのよ?!」
「……。向こうが本物だ。俺は代わりに死ぬはずだった偽物。――成人の儀の日まで、俺は自分が王子だと思ってたけどな……」
そう、あの日。イリヤ・エヴァレットに指輪が偽物であると指摘されてもまだ分からなかった。本当に分かったのは、クリスが――ずっと大切な友人であると信じていた――自分に剣を向けた瞬間。それまで他人に激しく疎まれた経験が無く、ましてや死を願われるなど夢にも思わない相手から、氷の様に冴え渡る瞳で死んでくれと告げられた瞬間。世界の全てが崩壊した。
それからは記憶も定かでない時間が流れ、その場所から、そしてもう戻れない場所の思い出から逃げたくて仕方なかったのに、上手く逃げる術すら手に入れられなかった。動きを止めて消耗しないようにするのが精一杯で。それでもやがてそれすら砕けた。
後に残されたのは『自分』だけ。名前も所属も肩書きも知らない、ただ生身の人間だけだった。魔法が解けた――自らの手で種明かしをして、手品はありふれた日常に戻る。
そこから未来が拓けるだろうか。もう一度本来の姿に戻れるだろうか。たとえ同じ場所に戻れないとしても、新しい場所を、昔と同じように愛せる場所を、手に入れることが出来るだろうか。
――全てはここから動くことで始動する……。




