4 追跡⑤
(どうしようかと思った……!)
ライカは階段を降りながらそう胸の内で呟いた。無論リドゥ・エルの事である。あまりにも見事な壊れ方だったと言うかなんと言うか。蒼白な顔と悲愴な表情と何かに飲み込まれたような瞳。体調が良くない事だけが原因では有るまい。何処か追いつめられたようだったのだ。ひどく傷ついた身体を引きずりながら逃げようとしているような。何が彼を追い込み、そうさせたのだろうか。
「ちょっと待ってよ……」
そこまで考えてライカは肝心な事実を知らない事に気が付いた。彼は、リドゥ・エルは、どうしてこんな所でさまよっていたのだ……?
火事から逃げて来たにしては火傷を負っているわけでもなく、賊に襲われたのだとしてもあの腕前なら――この前は何故か直前で手を止めていたが――十分過ぎる対応は出来そうだし、第一それなら家に帰ろうとするなり家族と連絡を取ろうとしたりする筈だ。しかし彼にはそんな徴候は全く見られず、かと言ってここに滞在するつもりもないらしい。また何処かに行く途中だと言う風にも見受けられない。
彼が一見無感動そうでその実微妙に情緒不安定気味なのと、ここに居る理由とは根が同じなのかもしれない。
(でも問いつめたって絶対に言わなそうだし……)
誇り高く有れと。弱みをわざわざ披露するような趣味は無い、と。……それで崩壊してれば世話無いけれど、それでも誇り高く有ろうとするのだろう。
「ま、普通にしてればいいか」
ライカはそこでぱっと開き直って、こん、と道端の小石を蹴った。
と、その視界に飛び込んできた人物が在った。我知らず心がざわつく。
(誰?)
ちょっと見上げる身長。頼り甲斐が有るのか、頼りなげなのか、微妙な背中。――黒い髪。
周りの景色がゆっくりと流れていく中、彼だけが止まっている様に見えた。――まさか。
心を駆け登る着想。それはあまりに突飛なものだった。けれども一度思いついたらもうそれしか考えられなくなっていた。ライカは慎重にその人物を一度抜き去った。それからそっと振り向いてみる。
「……ヴァーン……?」
恐る恐るその名を口にする。思い出よりも大分大きくなって、顔も大人びている。けれども微かに面影は有った。――昔の思い出に、重なるような。
「……」
少年は唐突に名を呼ばれた事に驚いてかしばし沈黙した。けれども、やがて、大きくその瞳を見開くと、
「――ライカ……? ライカだな、お前……!」
と、幾分興奮した口調で繰り返した。
それがライカ・サファイアとヴァーン・ディーの十年ぶりの再会だった。