4 追跡④
――そして、次第に指先の方から感覚が甦ってくるのを感じた。この身体を駆け巡る血流の脈の響きが聞こえ、その支配権を取り返す。すると今度は先刻の自分の殆ど常軌を逸した行動への後悔の念で一杯になった。我に返る事が出来るのだったら駆け抜けたりなどするのではなかった……! 耐えれば良かった。もっともっと耐えれば良かった。進みたいのならば。否、その場に留まりたいのであっても。たがを外すのではなかった。手のひらに、爪が食い込む。
「――手」
「え?」
「手を、離してくれ……」
ようやく言葉を取り戻してリドゥはそう呟いた。ライカは小さく頷くとすっと肩から手を外す。
「――じゃ、あんたはここで大人しくしててよ、あたしはお医者さん呼んでくるから」
「――いい」
ライカがそう言ったのをリドゥはすぐさま遮った。こんな状態のまま更なる他人と接触する事は、それがたとえ医者であっても苦痛以外の何物でもなかった。
「何でよ、全然よくないわよ」
「いいからいいんだ!」
我知らず声を荒げる。王子であった頃には一度も出さなかったであろう。蝕まれているのか、それともあらゆる呪縛から解放されているのか。揺らぎの自覚。
ライカはその勢いにおされたようだった。それとも先刻の様になられてはかなわないと思ったのか、ともかく少々不満げに分かったわよ、と呟くとリドゥを見つめた。
「じゃ、どうするのよ?」
「――出ていってくれ……」
リドゥはそう答えた。ライカは溜め息をつく。
「……。しょうがないわね……。でも後で絶対お医者さんに診てもらうのよ。約束してよ、いい?」
言いながらライカはゆっくりとリドゥの前にしゃがみこんでその金髪を触った。それを引っ張るようにして顔を正面に向けさせる。それを払いのける『力』も無く、リドゥは瞳を細めて視線だけ外した。そして吐き出すように、ああ、とだけ言う。
心地良いものを求めるのが人の常。
(俺は……)
(僕は……)
何を――。
やがてライカがじゃあね、と言うと、くるりと踵を返して出て行く。それを見送ってからリドゥは探るように顔の上で指先を滑らせた。確かめる。触感を。
「……」
どこも濡れていないのを確認すると、リドゥはほうっと溜め息をついた。不幸中の幸いとでも言うべきか。
けれどもこれからどんな顔をすれば良いのか分からなかった。