1 青春の残像⑤
――思い起こせば、お供をつけずに城の外に出たのはこれが二度目だった。一度目は一昨年の夏。初めて自由に城下町を歩いた。多分当人達にとっては何でもないであろう日常の光景に感動し、感動した自分を何処か心の隅でほろ苦く思った。……よく分からない感情。あの時見た空は、あの樹の上から見上げるのと同じくらい青くて、くっきりとその残像が今も奥に焼き付いている。
「……」
リドゥ・エルは黙ったまま歩き続けた。ふとしたことで始まった回想は、まだ終わろうとしない。――あの時、自分は一人ではなかった。誰かが一緒にいた――自分が無理矢理引っ張ってきたのだった。一人では楽しくないからと。折角だから一緒に行こうと。クリス・マクドゥールを。
どんな思い出にも纏わりつくその名前は、あまりにも傷を作りすぎて、今では痛いのかそうでないのかも分からなくなってしまった。
この道は、何処に続くのだろう。
柔らかに波打つプラチナブロンドが光を孕んで僅かばかり煌いた。それをゆっくりと耳にかけ、エセルはすとん、とヴァーンの隣りにしゃがみ込んだ。
「……終わったね」
廃虚になった村に自分達を縛りつけていたものが。追悼が。悪夢ではなく現実。そのままエセルは小さく溜め息をついた。しばしの沈黙の後、ヴァーンが、
「……まだ何にも終わっちゃいねえよ」
呟く。安堵感が何かを揺り戻して、努力で築いた壁を壊し始めたようだった。――上手く同意できなかったのだ、エセルに。終わっちゃいない。まだ何にも終わっちゃいない。全身全霊をかけて。巨大な疑問と揺り戻された何か――それに名をつけるのなら『復讐』と――が心を支配する。
「……ヴァーン?」
ついさっきまでと様子が違うヴァーンに気付いて、エセルが不安げに彼の顔を覗き込んだ。
(――エセルにこんな顔をさせちゃ駄目だ)
分かってるけど。見えなかった水平線が見えてきて。行ける場所が有る。共に行くには幻のようだけど、行けてしまう場所が有る。
「……だって、分からないことだらけだろ?! ――何で、皆は死ななきゃならなかったんだ! やったのは誰なんだよ!」
「……」
悲しげな顔でエセルはそれを聞いている。ヴァーンはふと語調を弱めると、眼を細めて吐き出すように言葉を紡いだ。
「――ごめんエセル、俺やっぱりお前にお礼を言ってもらえるほど人間できてないんだ……。何て言ったらいいのか分からねえけど、俺にとってはまだ終わってない。エセルはどうなんだ? 本当に――終わったのか?」
「ヴァーン……」
エセルはその言葉を肯定も否定もせずに、ゆっくりとその場から立ち上がると飛び立っていく白い鳥を見つめた。吸い込まれるような青の中へ。かつて緑だった大地。かつて村だった瓦礫の山。
そして振り返ってはっきりとした言葉を生み出す。
「ねえ、旅に出ましょうよ」