1 青春の残像③
どんなに辛くても立ち止まっても、身体を構成する全ての細胞が死に絶えない限り、自分を支える何かがある限り、人はまた立つ。
激しく悲しみ自分の傷口を眺めてはそれを広げるのにも食傷した頃、ヴァーン・ディーは強くそう思った。
隣りには自分の支えであり護るべき存在であるエセル・ウォーレンがいる。彼女の為に。強くならなければいけない。最初は震える手で作っていた墓も、次第に冷静に悲嘆にくれながら埋葬できるようになった。死を悼む、と言う言葉の本当の意味が分かった気がする。――いや、本当にただ気がするだけなのかもしれない。自分はまだ何かを押し殺しているのかもしれない。作業に没頭することで、それを上手く隠しているだけなのかもしれない。
だがともかくも、ヴァーンの努力は傍目には成功しているように見えた。エセルの目にもそう映っていたに違いない。
「……ヴァーン……」
荘厳で陰鬱な作業の何日目かに、エセルがそうヴァーンを呼んだ。まだ涙に濡れた頬で。充血してしまった瞳で。
ヴァーンはゆっくりと振り返った。何、と唇を微かに動かす。
「……!」
エセルはふわりと服の裾を返すと、その頼りなげな両腕で彼を抱きしめた。小さく彼女が吐息を漏らしたのが聞こえた。
「エセル……」
「――ありがとう」
囁く声は細くとも強かった。しなやかに、そして何よりも柔らかく。
「理由は聞かないで。まだそれに答えることはできないから。でも、ありがとう――」
「エセル、俺は――」
言いかけたヴァーンの台詞を意図的にか遮って、彼女は言葉を紡いだ。
「ねえヴァーン、私も手伝うわ。……私達、一緒よね?」
何が、とは聞けなかった。何処までなのか、とも聞けなかった。多分言った本人も分かっていなかったのかもしれない。エセルは最後だけ不安げだった。その前に覗かせた強さとは打って変わって。
……それはある種の秘密めいた暗号だった。真実の意味は分からなくとも確認せずにはいられない。そして、今はそれに答えなければいけない。
「――ああ」
ヴァーンは短くそれだけを口にした。彼女は安心したように微笑む。本当に強いのはどちらかか分からない。だが、今はそれでいい――。
あの時から果たして何時間――いや、何日か――が経過したのかリドゥ・エルには分からなかった。一つの事を強烈に求め続けた心は、他の感覚を閉ざして闇へと誘っていく。眠いのか眠れないのか空腹なのか喉が渇くのか何もいらないのか意識がはっきりしているのかそうでないのか。常にそれらの境界線を右往左往しながら曖昧な、ありすぎて現実感を体感できない奇妙な世界に住まう。
――もう、幾ら待っても無駄だ。
心の何処かでひどく客観的な自分がそんな言葉をしきりに呟き始めた。もう無駄だ。どれだけ待ったのかも分からないけれど、もうあの人は来ない。
そしてそれを全力で否定したがるものだけが自分を支えていた。だがそれは既に限りなく瀕死に近い感情だった。後一息、ほんの一押しでそれは崩れて消え去る。そしてその一押しは普遍に存在する『時間』であるのかもしれなかった。一秒、二秒、三秒――。
「……」
背中を押される。崩壊して消滅する。
リドゥ・エルは深い深い吐息を漏らすと何日も動けなかったその場所からゆっくりと歩を進めた。失ったのは、多分希望だけでは無かった。