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4 生命倫理⑪

「クリス!!」

 防戦一方になりながらもリドゥは何度もその名を呼んだ。

「どうしてなんだ?!」

「――貴方の技は流麗だが外した時の隙が大きいのが難点ですね」

 寸分違えることなく正確に、クリスは小回りのきく技を繰り出すと、リドゥの剣の上になったそれに大きく力をこめた。ぎりぎりと押し付けられた剣は嫌な悲鳴を上げる。押し切られないよう必死にそれを受け止めて、リドゥはもう一度その名を呼んだ。

「……」

 眼を細めてクリスが超然とした笑みを浮かべる。

「――いい加減名前を呼ぶのはやめてもらえませんか。王子の名を」


「――お分かりでしょうか。それでは、全ては彼女の為に……!」

 振り下ろされた右手から『炎』がごうっと燃え上がる。王妃は甲高い悲鳴を上げた。

「イリヤ……!」

 間に割って入ったのはロイドだった。薄い薄い水の膜がじゅっ、と炎を蒸発させる。

「――生憎、私の精霊はお前のと違ってこの程度の力しか持たんが。……イリヤ、お願いだ、考え直してくれはしないか……」

「……」

 イリヤ・エヴァレットはゆっくりと瞳を閉じた。

『――それではイリヤ、お前は生きるんだ――』

 生命を持って甦る言葉たち。それは自分の為に向けられたもの。自分の為だけに生まれてきたもの。けれど既に自責の念とか、負けない強さはとうの昔に何処かへおいてきてしまった。自分は歩みを進めた。選んだこの道へ。真っ直ぐに伸びる、この道へ。

「――邪魔立てするのなら先生とは言え容赦はしません」

「イリヤ……。だがあの子も私にとっては大事な弟子だ。私もここを退くわけにはいかない」

 まだ名も知らぬ『王子』。あの子は、何と言う名なのだろうか――。

「!!」

 ロイドはその刹那頭を過ぎった思い付きに身を震わせ、慌ててしばしイリヤから視線を外した。――『本物』が何処を探してもいない。クリス・マクドゥール、否、クリス・フォーディーンが。

「王子……」

 ロイドはそう、誰にともなく呟いた。それを聞いたイリヤは深い溜め息をついた。

七年の歳月は、彼の見た目だけを忠実に変化させていた。白髪が増えただけで、中身はあの時と何一つ変わっていない。真摯に、正しさを追い求め弟子を心から気にかける。相変わらず清廉潔白な師。

「だが……」

 ゆっくりとイリヤは唇を動かした。冴え渡る剣の輝きが、凄絶なその横顔に恐ろしいほどの影を落としていた。精霊使いとしてではなく。貴方の弟子だった一剣士として。

「これだけは、誰にも譲れない……! 俺が、そして彼女が、アーデルハイトが生きてきた存在の証明なのだから……!」

 真っ直ぐに心の底から伸び上がって来たその台詞は、少なからずロイドの心を打った。その気持ちが分からないわけではない。だがそれは理解を拒絶する思いでもあった。

「――仕方ないな、それでは、私も全力で相手をしよう。ここをどく訳にはいかんのだ、どうしても。これもまた、私の存在の証を賭けた戦いだ!」

 そこで七年ぶりに出会った師と弟子は、互いに素早く剣を構え直した。激しい鍔先の小競り合いが何度も続いて、その度に金属音が鳴り響く。熱いその戦いは、永遠に続くかと思われた――。

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