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4 生命倫理⑨

「――汝ここにフォーディーン王国の正統なる後継ぎとして、今二十歳の誕生日を迎え……」

 衆人環視の中。響くのは司祭の声。大理石の謁見の間は、この王国の重鎮達で溢れ返っていた。政治上の重要人物から王子の家庭教師、果ては城のコックに至るまで、多少なりともフォーディーンに関係のある人物達がずらりと並ぶ。その中で王子はその名を明らかにした後、城下町で国民に改めて名乗りをあげる。

「……真実の名が持つのは悠久の力。誰にも支配されぬ強い意志のみがその名を明かす事を赦す。さあ、王子、今こそその名を……」

 儀式がクライマックスにさしかかったところだった。そう問われリドゥは神妙に頷くとやおら唇を開いた。

「!?」

 そこで、急に大気が揺れ始めた。何も無い空間に唐突に風が生まれる。はためく衣装を押さえてリドゥは必死に目を凝らした。やがて、浮かび上がったのは一つの人影。

(『風』使いか……?!)

 いくら精霊使いとは言え、王城に直接入る事は出来ない。幾重にも張り巡らされた『結界』がここには存在している。――しかし、その人物は『風』を使ってここに現れたとしか思えなかった。王子、リドゥ・エル・フォーディーンの間近に。

 全ての姿が明らかになった。このめでたい席に似つかわしくない漆黒のマントに身を包んで、綺麗なプラチナブロンドの男はその翠の瞳を真っ直ぐに王妃へと向けた。

「……私が何故ここへ来たのか、分かっている筈です……」

「いやああああ!!」

 恐怖に駆られて王妃は甲高い悲鳴を上げ、逃げて、と繰り返した。

「お前は何者だ……!!」

 王が代わりにそう問いかける。男は瞳を細めると、

「――それは王妃にお尋ねを……。なるべくお早く」

と呟いた。言われて王は王妃の顔を見たが、すっかり脅えてしまっている彼女は何も答えない。

「――皆さん早く逃げて下さい!」

 代わりに声を上げたのは剣士、ロイドだった。日頃の冷静な彼に似合わず、声を荒立てて出口を指差す。

「死にたくなければ逃げろ! 早く!」

 その声に促されて参列していた人々は堰を切ったように一斉に扉を目指した。それを男は気に留める様子も無い。ただじっと王妃の姿を見つめるだけで。

 結局その場を動かなかったのはリドゥとクリス、王に王妃、それにロイドだった。

「――罪は罪。それに似つかわしい裁きと復讐を……」

 ゆっくりと男が右手を上げる。そこに宿るは『炎』の精霊。

「母上!」

「……!」

 今まで男のそばで身じろぎ一つせずに立ちすくんでいたリドゥが不意に何かに弾かれたように男に向かった。儀式用の煌びやかな剣を振り上げる。

 当たった、と思った剣は、途中で何かに阻まれてあえなくはね返った。『水』の守護。

「……」

 男は黙ったままリドゥを振り返った。

「……何も知らないのだな……」

 唇に残虐な笑みが宿る。

「……?」

 その真意を掴みかねてリドゥは瞳を細めた。その男の背中越しにクリスの顔が見えた。いつに無い冷たい瞳で。後ろ手に何を握っている……?

 不意に、男がリドゥの右手をぐい、と引っ張った。嵌められた指輪を一瞥する。

「やはりな……」

「何がだ!?」

「それは贋物だ。本物は、あの指に……」

 男が指差した先にいたのはクリスだった。

(クリス?)

「――どういうことだ?!」

 リドゥはクリスの顔を見た。彼は何の表情も浮かべずに、ただ黙って情の通わない眼差しをリドゥに向けただけだった。何が、どうなっているのか、全然分からない……。

「……」

 混乱するリドゥを余所に、男は王妃に向かって裁きの鉄槌を下そうと『炎』を発動させようとした。

「待て!」

 そこに台詞を割り込ませたのはロイドだった。彼は自分に注意を引きつけさせると、目だけでリドゥに逃げろと指示して言葉を繋げた。

「――イリヤ……」

 彼はそう確かに、男の名を呼んだ。

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