4 生命倫理⑧
――寒いよ。風が、冷たい。どうしてだろう――。
「――王子、王子」
「……!」
呼ばれてリドゥはびく、と肩を震わせて振り返った。
「あ、クリスか」
「? どうかなさったんですか?」
「いや別に。それより何の用だい?」
リドゥは滑り落ちてきた髪の毛を耳にかけながら、クリスを見た。クリスはああ、と引き締まった顔になると、
「お時間です」
とだけ告げた。
「うん、分かったよ」
ちょっと笑顔を見せてリドゥが頷く。肩にかかる薄絹を引き寄せて彼はやおら立ち上がった。それに合わせて周りに控えていた者達がいっせいに頭を下げる。
「王子、おめでとうございます」
そう言ったのはクリスだった。背中越しにその声を聞き分けてリドゥはありがとう、と手を振る。振り返らないままで。クリスのもの憂げなブルーグレーの瞳が少しだけ曇った。
「――本日はおめでとうございます、王子」
「母上……」
部屋を出ると、王妃が彼女付きの侍女を従えてリドゥを出迎えた。
「私からの贈り物ですのよ。――貴方、例の箱をここに」
「――どうぞ、王妃様」
王妃は侍女が差し出した小箱を華麗に受け取るとゆっくりとその蓋を開いた。ベルベットの布に包まれたそれは、深く美しい青色をしたサファイアのピアスだった。
「母上……!」
「カメリアの封印入りですのよ。世継ぎの証の指輪とお揃いの……。私の手でつけさせて下さるわね、王子」
言って王妃は艶やかに微笑んだ。そのまま流麗な動作でピアスを手にすると、すっとリドゥに近づいてそれと取り替える。
「ありがとうございます、母上」
嬉しそうにリドゥが礼を言う。王妃はそれを満足そうに見つめ、
「貴方の瞳の色と同じね」
と呟いた。
「王子!」
そこへ血相を変えたクリスが走り込んできた。
「どうしたんだ、クリス」
「王子、――ああ王妃様、御前失礼致します――どうしたんではありませんよ。指輪をお間違えです」
「え?」
「今王子がなさっているのは予備の方です」
「……」
リドゥは自分の右手の薬指をしげしげと眺めた。それからクリスが大切そうに運んできた指輪と見比べる。それから彼は恥ずかしそうに小さく呟いた。
「……随分精巧なんだな」
「さ、どうぞお取り替え下さい」
クリスに促されて、リドゥは薬指から指輪を引き抜くと、すぐに手渡された指輪を嵌めた。
「じゃ、今度こそ行ってくるよ」
リドゥは照れ隠しのように微笑むと儀式の行われる謁見の間へと急いだ。
後に残された王妃は黙ってクリスの手の中の指輪を見つめ、クリスはそれを箱へは仕舞わずに陽に透かした。
「……何をなさっていたんですか、王妃」
「別になんでもありませんわ。貴方の方こそまだこんなところにいてよろしいの?」
いつもと違い何処か突っかかるように王妃は答える。クリスはそれを目を細めて聞いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「――全て、問題はありませんよ」