4 生命倫理⑥
火は、様々なものを飲み込んで、ようやく小さく燻りを残すのみとなった。
「お父さん、お母さん……!」
ずっと父を、母を、友を、全ての知っている人をエセルは半狂乱になりながら呼び続けていた。返事が返ってこないのは百も承知だった。自分の家だったところは、ただのがらくたとなって朽ちていた。そしてそこから遺体を掘り出せるほど彼女は冷静ではなかった。
それでも、呼び続けずにはいられなかった。これは悪い夢なのだと。目が醒めればいつもの村が待っているのだと。そうやって、呼んでいる間はまだ現実は心に追い付いてこないから。
隣りに立つヴァーンの服の袖をエセルは知らず知らずの間ずっと握り締めていた。その一ヶ所に皺が刻まれたように深く寄っている。
ヴァーンはその小刻みに揺れる細い肩を反対の腕でそっと抱きしめた。その自分の腕もまた先刻からずっと震えが止まらないのに彼は気付いていた。何度も何度も、唇を噛んで涙を押さえようとした。ただエセルの為に。
(俺がしっかりしなくちゃ……)
だがその試みは全く成功してはいなかった。一瞬はふっと涙が流れるのが止まるものの、すぐにまた身体の奥から熱を伴った新しい涙が込み上げてきて堰を切ったように溢れ出る。
(――何でだよ)
何でこんなことになったんだ。どうして、何故村は燃えている。自分達が何をしたと言うのだ。――エセルが、フォーディーンの城下町に行こう、と言い出して、母親に滅茶苦茶な事を言われながらも二人で旅をして、城下町でエセルの父親に夕食をご馳走になって……、別に特に変わったところなんて無かった。別れ際娘をよろしく、と頼まれた時の笑顔だって、そう、家を出た時の父と母だって……。
『ああエセル、気を付けるんだよ。それと楽しんでおいで。――ヴァーン、あんたは何があってもエセルを守るんだよ』
「――親父、お袋……!」
次第に現実感を増していったのは母の最後の言葉だった。耳の奥で、鳴り響く――。