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4 生命倫理②

 祈りは、愛しい人の為に。

 貴方の、幸せだけを。ただそれだけを望んで、願ってはやまないのに。――どうして、どうして貴方はそんなに心を痛めているのか。

(もう、逢えないから?)

 永遠とも取れる闇の中で一つの影が蠢いた。やがてそれは銀の輝きを纏って透きとおるように光を身体の内へと吸い込ませた。この輝きも、何もかも全て貴方の為に。届かなくてもいい、それでも祈り続けよう。人は『存在証明』を求めてさまよう生き物。手にしたのは一つの結果。

 ――全ての祈りは、愛しい人の為に。


「――」

 家に帰ってからずっとイリヤは黙ったままだった。元々そう多い方ではなかった口数は、七年前のあの事件以来目に見えて激減していたが、それまでの沈黙は底の見えない淵に向かうような静謐さが空気を支配していたのに対し、今日のは明らかに趣が異なっていた。そしてそれは自分の余命が幾ばくもないと聞かされるその前から続いている。喩えて言うなら嵐の前の静けさ。その内では新たに生まれた何かが律動している。

「……」

 ふと、誰にも聞き取れないくらいの小さな声でイリヤが何事かを囁いた。手のひらの中の指輪を固く握り締める。

 こんなに血が沸騰するような思いを味わうのは初めてだった。自分の熱さの所為で、何を触っても冷たく感じる。

『――申し訳、ございません……。私に、分かるのは、そこまでです……。或いは、ジュリアード、様、なら、もしかして、何かご存知かも、知れません……』

『……?』

『――王妃様が依然足繁くお通いになっていた占い師の事です。とても信頼してらしたようですわ』

 妹が注釈をつける。

 王妃の寵愛を一身に受けていた天才占い師。しかしここ十数年はその姿を公の場に見せる事なく、ある村にこもったままであると言う。

『――確か、メグレスと言う小さな村にいらっしゃると言う噂を最近耳にしましたが……』

「……」

 イリヤはもう一度今日得た情報を頭の中で反芻した。存在する時間制限。自分が生きている事を心から実感した瞬間。

 不意に、何処かで可笑しさが込み上げてくる。冷酷な、乾いた笑いを浅く漏らして、彼は自分の中の嵐をゆっくりと解き放った。

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