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3 律動⑤

 ばさばさとなびくコートを胸元に引き寄せて、イリヤは具合の悪さと戦いながらゆっくりと歩いた。目指した場所はいつもと同じ、あの墓石。

「アーデルハイト」

 その呼びかけには台詞が返る事は無い。

「アーデルハイト、俺は……」

 そこで言葉が途切れたのは全くもってイリヤの意志ではなかった。身体の奥底から突き上げてくるような痛みが一気に這い上がってきたからだった。耐え切れずにイリヤはその場に膝をついた。少し離れた所でそれを見守っていた執事が大袈裟な程血相を変えて駆け寄ってくる。イリヤはそれをぼんやりと見つめた。

 溜め息をついて、彼は最近とみに過保護になった執事の態度を思った。何処へ出掛けても――とは言え殆ど出掛ける事は無いのだが――必ず迎えに来、少し外に出ただけで風邪を引くからと家の中へ引き戻そうとする。確かめるまでも無く真実はそこにあった。だが、確証が欲しい。確固たる証拠が。頭痛の切れ間に過ぎるのはその事だけだった。

「――もう、俺は長くないんだろう?」

 振り向いて、彼は心配そうに背後から声をかけてきた執事に平然と尋ねた。自分の体のことだ。幾ら黙っていられたっていずれは分かってしまう。これはただの風邪とかそう言った段階ではなく、確実に激しく自分を侵している。『生きる』気力を取り戻した今では、それを意識することは造作も無かった。

「……」

 執事は黙ったままだった。彼は背を向けたままでもう一度尋ねる。

「俺はもう長くないんだろう?」

 執事は少し口ごもりながらも、

「――は、畏れながら、もって――半年かと……」

と答えた。それを何処か超然とした態度で彼は聞くと、突然忍び笑いを漏らした。それはやがて恐ろしいほどの高笑いに変わる。

 まるで何かの糸が切れてしまったかのように、彼は笑い続けた。狂気に傾いたような形相で。

「……」

 ひとしきり笑い終えた後、彼はふうっと笑いをおさめ、皮肉げに

「最高だな!」

と呟いた。

「は……」

 もう駄目なのか、と執事が思ったその時、彼の言葉が続いた。

「これから半年間、俺は無敵と言う事か」

 イリヤ・エヴァレットの唇に艶やかで残虐な笑みが浮かぶ。

「死ぬ気になれば何でも出来るんだろう?」

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