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3 律動①

 何かが、生まれる。

 それはある一定のリズムを刻んで胎動している。はっきりと視える。

 椿の花びらが、誰かの手のひらで握り潰されたようにぐしゃりと舞い散った。フォーディーン王家の聖なる華であるカメリアが。

 花びらは揺れる波紋を伴った水面に静かに着水した。そしてそれがいっそうの波紋を呼び起こす。過去の様々な真実を、愛すべき者達の手に。全てが私の罪の色に染まる前に。


「……ちょっと、さっきから人が頭下げて頼んでるんだからもう少しくらい待ってくれたっていいでしょう!」

 そう、気の強そうな少女がきっと目をつり上げて威勢のいい声を上げた。

「止しなさいよ、ライカ」

 後ろから彼女の裾を引っ張り窘めるものがあった。ライカと呼ばれた少女はそれを振り切ると、

「うるさいわね、母さんはちょっと黙ってて! ――だから、別に踏み倒すなんて言ってないの。ちょっと待ってくれって言ってるだけなの」

と、もう一度叫んだ。その視線の先にいる黒服の男は渋い顔で口を開く。

「そうは言うけどこれまで何回待ったと思ってるんだ? ――もういい加減に払ってくれ。こっちだって慈善事業で金貸してるわけじゃないんだ」

「――そんなの分かってるわよ、だからそこを何とかしてくれって頼んでるんじゃないの」

「もう待てん」

 あっさりと男が宣告する。ライカはむっと口を尖らせた。

「何でよ、ケチ! だいたいねえ、大人のくせにどうしてそんなに器が小さいのよ、困ってる人助けるのは善良な一般市民の義務でしょう。今現在あたし達はすっごく困ってるの。見れば分かるでしょ、このぼろい家を! だからもうちょっとくらい待ってくれたって罰は当たんないどころか絶対得するって! ……何でって? そんなの決まってんでしょ、それは――」

 そして延々と文句を並べ立てる。男は聞いているのが嫌になったのか、呆れ返った顔で分かった分かった、と呟くと、

「後二週間。最大の譲歩だ。これ以上は何があっても待たんからな」

と言った。

「了解。ありがとね!」

 少女は先程とは打って変わった愛想の良さでじゃあね、と手を振ると、ほれ見た事かと母親の方へ向き直った。

「だから言ったでしょ、強気で押せば何とかなるって」

 そう自慢げに、ライカ・サファイアは言い放った。


「わー、ライカお姉ちゃんってすごいんだねえ」

 男が去ってからしばらくして、小さい少年少女がわらわらとライカの傍らに駆け寄ってきた。

「そうよ、任せてよ!」

 調子に乗ってライカがふふん、と宣言する。

「じゃ、全員いる? アル、シュウ、トウィ、サヴィー、キャロ、ネディー?」

「みんないるよ、姉ちゃん」

 最初に呼ばれたアルと言う少年が元気良く返事をした。

「よし、じゃあみんな聞きなさいよ。――さっきね、確かにお姉ちゃんはあいつを追い払ったわ。だけど、後二週間でお金を返すって約束つきでなの。だからね、結局お金が要るのよ。払わないと家がとられちゃうのよ。……で、お姉ちゃんはこう考えたわけ。メグレスの村に王妃様も通う程だった腕利きの占い師がいるって噂聞いた事あるな、じゃ、そいつにツケで占ってもらって手っ取り早く稼ぐ方法教えてもらおうかな、って」

「ちょっと、貴方いつそんな事を……!」

 おろおろとして母親がそこでようやく口を挟む。

「今決めたのよ、母さん」

「今決めたのってライカ……」

「だって真っ当に貯めた貯金じゃ全然足りないんでしょ? しかもその穴を二週間で埋めるにはやっぱり真っ当な方法じゃ無理よ。こうなったら占い師にでも頼るしかないって。――じゃ、あたしは旅に出る準備してくるから、あんた達はあたしがいなくてもしっかりすんのよ。特にアル、あんたは長男なんだからちゃんと他の子達の面倒も見るのよ」

 自分の言いたい事だけライカは一気にまくしたてると、アルが頷いたのを見届けてからさっさと家の方へ駆け出した。

「全く、言い出したら聞かないんだから……」

 どこか呆れたような感心したような呟きを母親は漏らした。


 ライカ・サファイアは七人兄弟の長女である。下は、弟が三人に妹が三人。但し彼らと血の繋がりはなく、六人の弟妹はいずれも両親が引き取ってきた孤児だった。弟がアルとシュウとトウィ。妹がサヴィー、キャロ、それにネディー。

 ライカの母親は元々病弱で、子供を産むのは難しいだろうと言われていた。それが十九年前、ほんの小さな奇跡で最初で最後の実子、ライカ・サファイアが誕生する。その事を殆ど絶望視していた両親は狂喜して、その誕生を祝った。だが、心優しい彼らはライカが生まれる前に養子を取ろうと訪れた施設の事を忘れてはいなかった。丁度彼女が最初で最後の子供だったから、ライカに兄弟を、との配慮も働いて彼らはまずアルを引き取る。そうして、やがてその施設の経済状況が大幅に悪化した際、自分達も決して金持ちとは言えない中、後五人引き取ったのだ。

 ライカ・サファイアは口では何のかんの言いながらそんな両親の事を尊敬していた。

 無論、自分一人だったらこんなに切迫した生活は送らずに済んだだろう、と考えなかった事はない、と言ったら嘘になる。でもそれより護るべき存在である弟妹達は可愛らしく、愛らしかった。代償としては、「まあいいか」と割り切れる類いのものだったのだ。

 ただ現在サファイア家は未曾有の経済不況に陥っており、そんな呑気な事を言ってはいられない状況下にある。しつこく取り立てに来る借金取りをあの調子でライカが数ヶ月追い払い続けたが、そろそろその手もきかなくなってきた。相手も悪徳金融業者、と言うわけではなくこちらの事情を知って極めて低い金利で金を貸してくれている。後二週間で払わないと、本当にまずいのだ。

「……」

 そこまで考えたライカの頭を過ぎったのはつい昨日耳にしたばかりの噂だった。

『メグレス村には王妃様もお通いになっていた腕利きの占い師が住んでいるらしい』

 大した信憑性の無い噂だ。しかも『お通いになっていた』、と過去形の所が引っかかる。それでも、藁にも縋る思いだったのだ。

(もうあたしは覚悟が出来てるもん)

 なんだったら――これは弟達や両親には絶対に言えない事だが――スリをやっても構わない。金持ちからしか取らない義賊っていうやつを。

「……余ってるんだったらちょっとくらい貰ったっていいわよね……」

 何処か物騒な台詞を吐き、ライカはきゅっと荷物を鞄につめた。

(それに)


 ――メグレスには、あいつが住んでいる。

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