9 【シア、十歳】
私が十歳を迎えてからもう何ヶ月も経った。
メイドも他の使用人たちも、最初こそ私に対して気を遣う素振りはあったのに。
十歳の誕生日パーティーを中止にしたこと、というよりも誕生日そのものをお祝いしなかったことがやっぱり原因なんだろうな……。
みんな、私のことをあからさまに避けている。
話し方とか、態度が悪い……というより適当にあしらわれている。
もう取り繕う気すらないみたい。
お母様が亡くなってから使用人の入れ替わりが多くなった。この侯爵家にきてまだ日の浅い使用人は昔のことなんて知らないから、もともとこの侯爵家の人間は仲が悪いとか、お互い関心すらないとか思っているんだろうな……。
でも、私の専属メイドはそんな人たちとは違う。
使用人や、家の中の雰囲気が嫌で部屋に篭りがちになってしまった私に優しく声を掛けてくれる人はまだいる。
「お嬢様、今日の授業は全て終わりましたので久しぶりにお庭に行かれてはいかがですか?」
そう言って、私に優しく笑いかけてくれるこの人は私の専属メイドの一人で、名前はリリーだ。
まだ十代半ばで、お友達みたいに接してくれる明るくて優しい、私にとってはお姉さんみたいな人。
「うん、たまには、行こうかな?」
「では、お嬢様が好きなココアをご用意しますね!」
私の返事に、リリーは嬉しそうにする。
「もう、リリー、ダメよ。ココアは朝もお昼もお飲みになっていたわ。あなたのココアは甘すぎるんだもの。あまり飲みすぎると体によくないと思うわ。シアお嬢様、柑橘系のお飲み物はいかがですか?」
この人はサラ。
ちょっと厳しいけど、いろいろとお世話をしてくれる真面目な人。
「う~ん、虫歯になっちゃうかな? なら今日はサラのにしようかな」
確かに甘い飲み物に甘いお菓子ばかり食べていたら太っちゃうし。
「お嬢様はちゃんと毎日歯を磨いているから大丈夫ですよ!? もう、サラってば真面目なんだから!」
「リリーがあますぎるのよ。ではご用意いたしますね。さぁ、お嬢様。お庭に行きましょう」
そうして二人に連れられて久しぶりに庭へと出た。庭といっても、あまり手入れが行き届いてはいないんだけど……。
けれど、ここはほとんど人が来ないからお気に入りの場所だ。最近は落ち込む事ばかりだったから、自然の空気に触れるととても気分が良くなる。
しばらくのんびりと過ごし、そろそろ部屋へ戻ろうと屋敷へ向かって歩いていたところ、執事を連れたお兄様と出会してしまった。
会いたくなかった……そんな私の気持ちが表情に出てしまっていたのだろうか。お兄様は私を見るなり、睨んでそのまま反対方向へと行ってしまった。挨拶をする暇もなかった。
そんなお兄様を見て、リリーは悲しそうな、寂しそうな表情をした。
「お坊ちゃまも、昔は一緒に遊ばれていたのに……」
子供の頃から侯爵家で過ごしていたリリーは昔のお兄様を知っている。お母様と一緒に過ごしていた時は私にだって優しかったのにな。
昔のことを思い出しながらお兄様の後ろ姿を見ていると、お兄様の後ろにいた執事がこちらを振り返った。
「公子様は侯爵家の唯一の跡取りとして日々勉学に勤しんでいるお方です。遊んでいる暇などないのですよ」
リリーの言葉が聞こえたのか、お兄様の執事が呆れた様な顔をしている。この人は私が庭でのんびり過ごすことが気に入らないみたいだ。
「公子様は一分たりとも時間を無駄に過ごすのがお嫌いなのですよ」
執事はちらりと私を見てそのままお兄様と一緒に屋敷へと戻っていった。
「んなっ……!」
リリーが変な声を出しながら顔を真っ赤にしている。
「お嬢様の前でそんなこといちいち言わなくてもいいのにっっ!!」
「リリー、はしたないわよ」
サラはリリーと違い、落ち着いている。けれどその表情はちょっとだけむっとしているのが分かった。
「リ、リリー、落ち着いて! 私はべつに大丈夫だよ? なんとも思ってないから……」
お兄様が、お父様の後を継ぐため日々努力をしている事を知っているから。
勉強もマナーも剣術も、そして魔法も。毎日毎日、お兄様は頑張っている。
でも、私だって毎日頑張っているんだけどな。