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86【魔物の魔力の影響】

 公爵様がデオンさんに問いかけてから誰も話さなくなってしまった。……とても口を開ける雰囲気ではない。


 聞いてしまった公爵様本人でさえ、とんでもないことを口走ってしまったかのような表情をしたまま、動けずに固まってしまっている。


 お父様は足の上に腕をのせた状態で俯いていた。顔は手で隠れて見えないため表情がわからない。だからお父様が今どのような感情でいるのか読み取ることができなかった。


 とある家門――。


 もう聞かなくてもわかってしまう。

 それがコンフォート侯爵家なのだと。


 侯爵家が過去に人を害したことがあるなど信じたくもないし、これ以上聞きたくないという気持ちが大きくなってしまう。


 どうしてそんなことを? 害したって、何を?

 誰がなんのために……なのかも、まったく想像がつかない。


 予想をしていなかった、することもあるはずがないような思いもよらなかった話。それにどんな反応をすればいいのか……どう口を開ければいいのかわからなくなってしまった。


 小さく震えている手をただ握ることしかできなかった。


【……だんまりか、侯爵】


 沈黙を破り最初に言葉を発したのはデオンさんだった。


【まさか本当に知らないとは。いや、それともただ聞かされていないだけなのか。だが、侯爵が知っていようがいまいが二番目の子であるシアはこのような状態になってしまっているというこの状況を……、どう解釈すればいいのか――】


 デオンさんは自分に問いかけているようにも聞こえる話し方をした。


 すると、お父様がゆっくりと顔を上げた。

 その表情からは微かに憤りが感じられた。


 「それは――、聞けば……答えてくれるのか」


 お父様の声は小さいけれど、はっきりと聞こえた。


【なぜ私がわざわざお前に教えてやらねばならない?】


 デオンさんのその返事にお父様は拳を握りしめた。デオンさんからすれば教えてあげる義理などないと言いたいのかもしれない。それに、先ほどの公爵様との会話の中に、"嫌なことを思い出した"と、そう言っていた。


 それは以前侯爵家と何かがあったか、侯爵家のせいで悪いことが起きたのか……私にはそのように聞こえてしまった。


「デオンっ! お前が……侯爵家のことをよく思っていないのはわかった。でも……これは――」


 公爵様がそこまで言いかけたところでデオンさんが言葉を被せるように【だが――】と、話を続けた。


【話をするつもりがないのなら初めからここにはいない。その子のためだ。侯爵家の、ましてやお前のためではないぞ】


「わかっている。……私の娘のために知っていることがあるのなら教えてほしい」


 そう言ってお父様はデオンさんに頭を下げた。

 誰かに頭を下げるお父様などこれまで想像すること自体できなかった。


 そんなお父様の姿を見て、私も「デオンさん、お願いします」と頭を下げた。


【子どもがそんなことをするものではない。うちの子が慕っているシアに免じて、私たちが知っていることならなんでも答えよう】


「あ……ありがとうございます……っ、」


【デオン、最初から話すつもりだったのですから、いくら侯爵のことを好かなくてもこのような時にまで意地悪なことを言うものではありません】


 トワラさんに嗜められたデオンさんの耳が少し項垂れたように見えた。


【わ、わかっている。少し――、昔を思い出して冷静さを欠いてしまったようだ。すまないな】


 そう言ったデオンさんの雰囲気は先ほどまでとは違い、少し和らいだように感じた。公爵様も「よかった……」と安堵のため息をついた。


【それで、侯爵は何を知りたいんだ?】


「娘のことだ。今の状態で体は大丈夫なのか」


【今のところはな】


「今のところは? それなら早く治癒を――いや、魔物の魔力なら浄化か? だが、先ほどの話からシアはただ汚染されただけではないのだろう? 私が闇雲に浄化をしたところで……いや、上手く浄化できたとしも何か後遺症や影響があっては――」


【待て待て。娘を心配する気持ちはわかるが一度に言うな】


「……は? あぁ、すまない」


 お父様がデオンさんに最初に聞いたこと。それが私のことを心配してくれる内容だということがただただ嬉しいと思う反面、先ほどの"人に害を与えた家門"という言葉がどうしても頭から離れず、私の体のことよりもそちらの方が気になってしまう。


 侯爵家の当主としてなら娘である私のことより、そちらの方が重要ではないかとそう思ってしまう。


 公爵様が「レオが急に饒舌に……」と小さく呟くと案の定お父様に「だまれ」と睨まれてしまっていた。


【なんだ、てっきり家門のことを聞いてくると思ったんだがな。少しだけ見直してやろう】


「……っ、まずは娘のことだ」


【その子の体はもちろん良くなるし、問題も残らないだろう。安心していい。手遅れになる前でよかったな】


 デオンさんの言葉にお父様が小さく「そうか……」と呟いた。

 私も安心していいという言葉にずっと抱えていた不安な気持ちが軽くなり、安堵することができた。


【ただ、影響ならすでに出ている】


「なんだと?」


【その子の性格だ。以前は明るい子だったのだろう? それなのに今は悲観的になっている。あれは気持ちを暗くさせてしまうからな。それで実際のところはどうなんだ?】


「それ、は……」


 デオンさんの質問にお父様は黙ってしまった。答えられないのだろう。……だってお父様はいつも忙しくて顔を合わせることがあまりなかったのだから。


 私が幼い頃の、お母様と過ごした頃の記憶がお父様にあるのかどうかわからないと考えてしまい、少しだけ胸の奥がチクリと痛んだ。


【セドリックにも言われていただろう。昔と比べて変わったと思わないのか】


 セドリック――、公爵様にもたしかに言われていた。私が卑下するようになった、と。自分ではよくわからないけれど……。


 デオンさんが【先ほど言った見直すという言葉は取り消す――】と言いかけたところでお父様は私の方を見ながら口を開いた。


「シアは……高いところが好きで……よく木に登り日が沈む空を眺めていた。妻のいる部屋に大きく手を振って……」


 お父様……?


「それで……落ちそうになってメイドによく怒られていた。怪我をしても、何がそんなに楽しいのかいつも笑顔がたえなかった。そんな娘を見て……妻も、ルカも……」


「お、お父様……」


「いや……なんでもない。すべて私の責任だ」


【まぁ、そうだろうな。いくら魔物の魔力の影響があったとしても、そうなってしまう原因のある環境にいたからだろう】


「……後悔、している」


「なら、これからはシアちゃんやルカにしっかりと目を向けること。話をして、子どもたちに寂しい思いや悲しい気持ちを抱かせないようにするんだ」


「わかっている」


【はは、情けないな侯爵。大人が大人に諭されるとはな。セドリックと同じことを言うが、これ以上は後悔してからでは遅い】


 責められるお父様を見たくはないけれど……。

 本当にもう私たちは大丈夫なんだと、家族としてやり直せるんだと思えて自然と頬が緩む。


 早く、ルカお兄様に会いたいな――。


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