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76【学生時代のお父様とお母様】


 それにしてもいいなぁ、もふもふ。すごく癒される。

 侯爵家にも癒しのもふもふがそばにいてくれたらきっと家の中も明るくなると思う。


【シア】


「え?」


【肩の子猫がショックを受けています】


「え!? ごめんね、どうしたのかな」


【今日にでも話しをすることぐらいはできるようになるかもしれませんね】


「え、今日ですか!?」


【はい、やってしまいましょう】

 

 やってしまいましょう、という言葉がなかなか強い。


「あの、トワラさん。体調は大丈夫でしょうか? このようにすぐにしていただかなくも……」


【いいえ、何も問題はありませんよ。私たちは魔獣ですからね、回復が本当に早いのです。むしろ私も妊娠前の感覚を早く取り戻したいですから。後でアイシラが二人にしてくれますのでその時に】


「はい、よろしくお願いします」


 アイシラ様には何て伝えてあるんだろう?

 もうすぐなんだと実感すると、急にドキドキと鼓動が早くなる。


「――ア」


「――シア!」


 名前を呼ばれてハッと気が付くと、ユーシスが私の顔を覗き込んでいた。


「あ、ユーシス?」


「シア、どうしたの? 何か考え事?」


「何でもないよ。気が付かなくてごめんね」


「ううん、いいよ! それよりほら、こっち! お母さまがお菓子を用意してくれたんだよ。好きでしょ?」


「うん!」


 それから私たちはアイシラ様がいろいろな所から取り寄せたというお菓子を食べながら会話を楽しんだ。


 以前はアイシラ様の体調が良くなかったけれど、今日はいろいろな話を聞くことができた。


 私の知らない、お母様の話も。


 体の弱かったお母様は学園を休むことが多かった。

 学園へ無理して来ては体調を崩すこともあったらしい。


 そんなお母様を気遣っていたのは当時のお母様の婚約者ではなく、お父様だった。


「え、お、お父様がですか!?」


 アイシラ様から話を聞いて驚いた。

 口に入れかけたクッキーをうっかり落としそうになった。


「えぇ、そうなの。クレアの体調が良くないことに一番最初に気が付くのはいつもあなたのお父様だったわ」


 お父様が……?

 人になど無関心そうなのに。


 いや、お母様だから違ったのかな?


 お母様とお父様はお互いに婚約者がいたけれど、それを破棄して半ば無理やり結婚したと聞いたから……。


 お父様、もしかして意外と行動派……?


「ふふ、シアさん。顔に出ていますよ」


「はっ」


「けれど、シアさんの気持ちはわかります。今のあなたのお父様は見ていて心配ですからね……。私の夫も気掛かりがあるようです」


「気掛かり、ですか?」


 アイシラ様は不安そうな表情だ。


「侯爵様は昔から口数の多い方ではありませんでしたが、それでも人を寄せ付けないほどではありませんでした。ですが――」


 アイシラ様はティーカップを持ったまま俯むいてしまう。

 視線を上げたアイシラ様と目が合う。


「……クレアが亡くなってから人との関わりを断つようになってしまいました」


 お父様はお母様が生きていた頃だって、人との関わりは少ないように見えた。

 

 いつも仕事ばかりでお母様に寂しい思いをさせていた。

 本当は私やお兄様だって寂しかったのに。

 

「お父様は……お母様のこと、その……好き、だったのでしょうか?」


「……え? えぇ、もちろんよ。誰が見てもお互い愛し合っているように見えたわ。それはもう婚約者が目に入らないほどにね」


「そう、ですか」


 部屋の中が静かになってしまう。

 

 ロゼリア様もユーシスも、口を挟んでいいものなのか、少し戸惑っているように見える。


「ごめんなさい、シアさん。せっかくのお茶が冷めてしまったわね」


「いえ、大丈夫です! お母様の学園時代のお話が聞けて嬉しいです。家ではそういう話ができる人はいないので……」


 お母様の若い頃を知っている使用人は今ではほとんどいない。


「シアさん、私でよければいつでも話し相手になりますよ」


「わぁ。アイシラ様、ありがとうございます」


「ふふ、いいのですよ。私も昔の話ができてとても嬉しいの。そうだわ! 学園時代といえば、あなたのお母様、なかなかお転婆だったのよ?」


「えっ、お母様がですか?」


「そうなの。クレアは体が弱いのに、考えるよりも体が動いてしまうタイプだったの。そうね、例えば巣にいた雛を助けるために木に登ったことがあってね? しかも学園内で。木に登った姿を見て私たちはとても焦ってしまったわ」


「き、木に……?」


 私も子どもの頃、よく登っていたな。

 私に木登りを教えてくれたのはお母様だった。


「僕もよく木登りするよ! だって遠くまで見渡せて楽しいからね」


「ユーシス、あなたの木登りはちょっと普通ではないわ。登りすぎよ」


「え、そうですか?」


 ユーシスはロゼリア様に登りすぎと言われて、首を傾げている。


 木登りはせいぜい人の高さぐらいまででは……?

 登りすぎとはどれだけ高いところまで登っているんだろう。ちょっと気になってしまう。


「ねぇシア、今度一緒に木登りしない?」


 ユーシスは、今度お茶しない? のような感じで可愛らしい笑顔で誘ってきた。登りすぎだと言われた木登りに。


「ちょっとユーシス、あなた女の子への誘い方がなっていないわ。デートに木登りですって?」


「ふふ、アイシラ様、私とユーシスではデートにはならないですよ。私、木登り好きなのでいいと思います」


 嫌なことがあると木に登って一人で時間を潰していたっけ。風がとても気持ちよくて、嫌なことを忘れられた。


「シア様……」


 ロゼリア様とユーシスの表情はどこか微妙だ。

 アイシラ様はただ穏やかに笑っている。


「アイシラ様、それからお母様はどうされたのですか?」


「ふふ、誰かに頼めばよかったのに、クレアは自分でどうにかしようと思ってしまったのね」


 その時を思い出してなのか、アイシラ様は楽しそうに笑った。


「わざわざ木に登らなくても、魔法を使えばよかったのでは……」


「そうですね。でも、クレアは魔法を使うと体に負担がかかってしまうから……。それでも、木に登るという選択には普通ならないわね。体力がなくなってしまうもの。そもそも、伯爵令嬢がそんなことをするなんて」


「そ、そうですよね」


「でも、木に座っていたクレアの髪は風に揺られ、陽の光が吸い込まれているようでとても綺麗だったわ。シアさん、あなたもクレアと同じようにとても素敵な髪色ですね」

 

「アイシラ様……ありがとうございます」


 私は嬉しくて頬が赤くなっていると思う。


 私の髪色はお母様譲りだ。

 薄い茶色。


 以前の私は、お父様やお兄様の青みを帯びた銀髪と比べられてきた。

 お父様と似たところがない、と。

 それはとても嫌なことだった。


 でも私はお母様と一緒のこの髪色がとても好きだった。

 髪色を褒められてとても嬉しい気持ちになる。


「アイシラ様、お母様は一人で下りることはできたのでしょうか? その、お母様はあまり運動神経が……」


「えぇ、案の定クレアは一人で下りられなくなってしまったの。だから私が魔法を使おうと思ったのだけれど……。シアさん、その時誰が来たと思いますか?」


「え? えっと、どなたでしょう」


 誰が来たかと問われても、お母様の学園時代の交友関係など知るはずがない。

 でも、わざわざ私に聞いてきたということは……。

 それに、アイシラ様のこの微笑み。


「まさか、お父様ですか?」


「えぇ、そうなの。侯爵様が颯爽と現れて、クレアをすぐに助けてしまったわ。しかも、怪我を治すために能力まで使って」

 

「まぁっ、侯爵様がそのようなことを……!?」


 ロゼリア様も驚いている。

 

「お父様が……。想像できません」


 あのお父様が?

 さ、颯爽と、現れて???


「ふふ、シアさん。面白い表情をしていますね。たしかにその気持ちはわかります」


 あぁ、でも……。

 昔、お父様がお母様を叱りながら木から下ろしたことがあったような……。


「シアが困っていたら僕が必ず助けてあげるよ」  


 ユーシスはふん、と気合を入れたような素振りをした。

 

「うん。ありがとう、ユーシス」


 十八歳になったあなたは私を助けてくれたのよ、なんて言えないけれど。


 あの時は本当にありがとう、ユーシス。  

 誰も助けてくれなかったのに、あなただけは違ったもの。


 それからみんなで会話を楽しんでいると――。


【シア、そろそろ大丈夫ですか】


 トワラさんが声をかけてきた。

 ということは、準備ができたのだろう。


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