74【侯爵家】
それから三週間ほど経ってからフィペリオン公爵家からまた手紙が届いた。
公爵家へ行ってから手紙のやり取りはしていたけれど、今回の手紙には招待状が同封されていた。
「ユーシスからの招待状だわ!」
てっきりロゼリア様から届くと思っていたので驚いた。
ユーシスなりに頑張って書いたであろう招待状。
「ふふ、」
可愛らしく書かれているそれを見て、ユーシスがどんな風に書いたのかを想像して微笑ましくなる。
手紙の内容には無事にトワラさんが出産したということが書かれていた。
クロに弟ができた。うん、絶対可愛いに違いない。
触りたい……もふもふとした毛を触りたい。
招待状の日付を確認するとなんと二週間後だった。
え、こんなに早く会いに行っても大丈夫なのかな。
トワラさん、出産からまだ時間が経っていないから他の人がいると落ち着かないと思うけど……。
"クロも、クロの弟も待ってるよ! そうだ、トワラが会いたいって言ってるんだって!"
そう一文が書かれていたから大丈夫、なのかな。
様子を見てお邪魔させていただこう。
公爵家への訪問予定が決まったため、お父様に外出の許可をもらわないといけない。
うーん、すぐに会えるかな?
それが心配だわ……。
次の日セバスに確認をしたところ、お父様はあと五日は朝も夜も会えそうにないと聞いて焦る。
「え、五日も!?」
「はい、そうです。急用でしょうか? 私から侯爵様にお伝え致しますよ」
「またフィペリオン公爵家から招待されたの。二週間しかないから早めにお父様から許可をもらわらないといけないんだけど……」
「その件でございましたら心配いりませんよ。すでに侯爵様より聞いております。お伝えするのが遅くなり申し訳ございません」
え?
「お嬢様はその日をお待ちいただくだけで大丈夫ですよ」
「そ、そうなの……?」
いつの間にお父様はどこからその話を聞いたのかな。
あ、公爵様かな。
「それと、侯爵様からお嬢様に新しいお洋服のプレゼントがございます。
「プ、プレゼント……?」
聞き間違いかしら? お父様からプレゼント……?
「はい、もうすぐ届くかと。公爵家へはぜひそちらをお召しになって行かれますと侯爵様も喜ばれると思いますよ」
「プレゼントって、贈り物っていう意味の、プレゼント……だよね?」
「もちろんでございますよ。ここだけの話ですが、侯爵様はお嬢様の服をどう選んだらいいかわからず、こっそり私に聞いてきたのです」
「お、お父様が……!? まぁ、そう……だよね。だって今まで私の着る服のことなんて関心がなかったんだもの」
「お嬢様、侯爵様は……」
「あ、違うの! 私に関心がなかった、って言いたいんじゃなくて……お父様って、服とか部屋の装飾にも、食事にだって興味がもともと薄そうだな、って思って……」
「たしかに、侯爵様はご自分の服装にさえ興味をお持ちにならないのです。もう少し関心を持っていただければ侯爵様の良さがもっと世に知らしめることが……」
「セ、セバス?」
セバスは何か残念そうな表情をしている。
それにしても、今まで私の服装に関心などなかったはずのに急にどうしたんだろう。
公爵家に行った時に着ていたワンピースではだめだったのかな。たしかに公爵家の招待だもの、もう少し気を使うべきだったかな。
今まではサイズに合った既製品の服を取り寄せていただけだから、誰かに言われないと私の服のことなど気にも止めないはずだ。
「セバス、お父様は誰かに私の服のことを言われたのかな?」
「………」
セバスは気まずそうに私から視線を逸らした。
「え? セバス?」
ちょうどその時、メイドが荷物が届いたと知らせに来た。
「さぁ、お嬢様。お洋服が届いたようです。お部屋へとお持ち致しますので先にお戻りください」
「う、うん、わかったわ」
セバスから返事を聞けなかったので疑問を残しながら部屋へと戻った。
◆◆◆
部屋へと戻り、リリーとサラと待っているとすぐに荷物が運ばれてきた。
「うわぁ、お嬢様! すごいですね!」
リリーは興奮気味だ。
私の目の前には箱、箱、箱。
「お嬢様、整理しますので少しお待ち下さい」
サラは手際よく箱を開け種類別に並べてくれる。
「これ全部侯爵様が用意されたんですか!?」
「うーん、そうみたいだけど……」
「そろそろ新しく揃えたほうがいいと思っていたのでちょうどよかったですね」
背も少し伸びたから服を買い替えた方がいい頃だとは思っていたけれど……。
「サイズ大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ、今着られているものより少し大きいサイズです」
「そう?」
手に取っただけでサイズを把握してしまうサラはすごい。
「うわ、お嬢様、これすごいですね……」
リリーは先程から手が止まっている気がするが、面白いのでそのまま眺めていた。
サラがほとんどを整理してくれ、公爵家に着ていくワンピースも選んでもらった。
新しい服へと入れ替えられた衣装部屋を見て、ほんのり心が温かくなる。
以前は離れの小さなクローゼットに入るほどしか服を持っていなかったから。
お父様に会えたのはそれから五日後になってしまったが、お礼が間に合ってよかった。
やはり忙しいみたいでほとんど話すことはできなかったけれど、「他にも必要なものがあったら言いなさい」と、そう言ってもらえたのがとても嬉しかった。
新しいワンピースを着ている私を見て、ちょっとだけお父様が微笑んでいたのに気が付いてしまい、心の奥がこそばゆい気持ちになった。
◆◆◆
そうしてあっという間に公爵家へと行く日となった。
相変わらずお父様は忙しいようで朝早くから仕事へと出ていた。
「あ、お兄様。おはようございます」
「あぁ、おはよう。今日だったか……?」
お兄様はもう、私への挨拶を当たり前のように返してくれるようになっている。お兄様自身、そのことに気が付いているかはわからないけれど、指摘したら怒りそうなのでやめておく。
お兄様は私の気合の入った服装を見て首を傾げる。
「そうです! ユーシスが招待をしてくれたんです」
「ユーシス……?」
「はい。私と仲良くしてくれて、手紙も交換しているんですよ」
「お前は公爵家の公女と会っているんだろう?」
「そうですよ。でも、ロゼリア様の弟のユーシスとも仲良くさせていただいてるんですっ! あ、それではお兄様、もう行ってきますね」
「お、おい待て……そいつ、弟ってことは男――」
「ごめんなさい、お兄様っ!」
お父様とお兄様と少しずつ家族として距離が近付いているんだなと思えた、数日だった。