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73【リリーの過去】


「お願いします、お父様……!」


「いや、実際……私が知っていることなどほとんどない」


 食い下がる私を見てお父様は小さくため息をついた。

 あぁ、だめかと思ったけれどお父様は口を開いた。


「侯爵家が支援している教会の近くで二人を見つけ、妻がそのまま連れて来たと報告を受けた。母親は今にも死にそうだったと」


 リリーのお母さんは、ここへ来て少し経ってから亡くなったと聞いた。それは私が生まれる前のことだ。


「リリーのお母さんが亡くなった原因は何ですか……?」


「衰弱していたところに暴行を受けたせいで身体が耐えられなかったそうだ。母親が守ったのか、子どもは無傷だったと」


「そんな……」


「遠征先で報せを受け、私が屋敷へ戻った時にはもう亡くなっていた」


「その……怪我を負わせた相手は……?」


「話さなかったそうだ」


「知らない、ではなく話せないと?」


「妻が聞いても、相手のことは何も教えてはくれなかった」


 リリーのお母さんの亡くなった原因が想像よりも悲しいもので、手が震えてしまう。


「リリーの父親についても何も言っていなかったのですか?」


「そうだ。名を明かせば侯爵家に迷惑がかかると思ったんだろう」


「ということは、まさか貴族ですか……?」


「いや、あのメイドからは魔力を感じない。が、可能性がないわけではない」


 貴族ならば少なからず魔力を持って生まれるはずだ。

 子どもの頃なら魔力を感じられないこともあるけれど、リリーはもうすぐ十五歳になる。


「母親が亡くなった後、私は子どもを施設へ預けようとした。正直、面倒だったからな……しかし……」


「お母様が止めたのですね?」


「あぁ……」


 面倒だと言ったお父様に少し悲しくなったけれど、それは侯爵家が面倒事に巻き込まれないようにするため、という意味もあるのだろう。


 こうして今リリーは侯爵家にいる。

 お父様なりの最大限の配慮なのかもしれない。


 結局、リリーのお母さんは何から逃げていたのか、追われていたのかは不明のまま。だから、リリーを何から守りたかったのか手がかりがほとんどない。

 

 誰がリリーのお母さんに暴力を振るったのか。

 まさか、リリーの父親なんだろうか……。

 

 正直、お父様が使用人一人のために時間を割くことはないと思う。それは侯爵という立場からも仕方のないことだとは頭では理解している。


 外へ出さない、人と関わらせなければ問題は起きないと決めつけ、リリーをこの屋敷に留めていたということなのか。


 お母様との約束は守るために。


「結局のところ、誰が関わっているかわからないからリリーを人に合わせたくなかったということですか? そうすれば何も起きないと……」


「そうなる……」


「リリーにはこのことを話しても大丈夫ですか?」


「………お前に任せる」


「わかりました」


「あぁ」


「お父様、お話ができて嬉しかったです。ありがとうございました」


「いや……」


 そして私は部屋へと戻り、リリーにこの話をするか考えることにした。


 リリーに話すべきか。


"理由はわからないけれど、外に出て知らない人に会うと危険な目に遭うかもしれないから、外出しない方がいいよ"


 こんな理由で納得してくれる? 無理でしょう。

 けれど、リリーはもうすぐ結婚できる年齢だ。

 もう子どもではない。


 それに、リリーが自分の身を守ることを気にしてくれるようになるかもしれない。



◆◆◆



「ねぇ、リリー。外出許可がおりなかったことなんだけれど……」


 私はリリーに話をすることにした。

 

 言葉を選びながらお父様と話したことを伝えると、リリーは呆然とした様子で表情が歪んでいった。リリーの瞳から流れる涙を見るのは辛い。


「ご、ごめんね、リリー。急にこんな話をして……」


「い、いえ、大丈夫です……実は、母のことは奥様から少し聞いていましたので……」


「お母様が……?」


「はい、そうです。でも、母が亡くなったのは心臓が弱かったからだと思っていました……誰もそんなことは言わなかったので……」


 リリーを育ててくれたメイドたちは、母の実家である伯爵家へと戻ってしまっている。

 何も言えずにここを去ったということは、きっと口止めをされていたのだろう。


「お父さんのことも何も知らないんだよね……?」


「はい、父のことは何も聞いたことがありません」


「そう……」


「私、父親のことは考えないようにしているんです。だって、母と私を捨てた男なんですよ!?」


「リ、リリー? まだお父さんが捨てたとは……」


「いいえ! 母を、私を……守ってくれなかった人のことを父親だなんて思いたくないです」


「でも、もしかすると何か理由があるのかもしれないわ」


「母がいない今、理由があったとしてももう遅いです。それに、暴力を振るったのが父じゃないとも限りませんし……」


 リリーが悲しそうな表情を浮かべる。

 気持ちが複雑なんだろう……。


 実際、何の手掛かりもないのでリリーの父親を見つけることは難しいだろう。


 そういえば。


「リリー、そのピアスって……」


「あ、このピアスですか? これは私が子どもの頃、奥様から母の形見だと言われて渡されました。耳に穴を開けたのもこの時でした」


 リリーの耳には小さなピアスが付いている。


「子どもの頃にピアスを……?」


「はい、奥様からも無くさないようにつけましょう、と言われましたし、私も付けたくてお願いしたんです。何か手掛かりになるかも、って少し思っていたんですけど……どこにでもある普通のピアスなんです」


「でも綺麗なピアスだわ」


「ありがとうございますっ。あの、お嬢様……私がここにいるといつかお嬢様に迷惑をかけてしまうのではないですか?」


「え、そんなことはないわ!」


「でも、母がなぜ私を連れて一人でいたのかわからないのに……」


「リリー。間違ってもここを出て行こうとか思わないでね……? リリーにはそばにいて欲しいの」


「お嬢様……」


 リリー、今度は私が守るから。

 だからこのままそばにいて欲しい。


「だから、リリーはまだしばらく外出ができないけれど……」


「はい、大丈夫ですよ! それにこの話を聞いて外に出るのはちょっと……怖いですから。昔、こっそり外に出た時に何もなくてよかったです」


 ……ん? ねぇ、リリー?


「あ」


「リリー……」


「すみません、すみません! 子どもの頃は他のメイドがこっそり買い物に連れて行ってくれたり……すぐ近くだったらお手伝いで出たこともあるので……」


 こっそり買い物に行ったことがあるのは知っていたけれど……。


「いいのよ、うん……逆に、全く外のことを知らずにいた訳ではなくてよかった。ごめんね、リリー。それと確認なんだけれど……リリーは魔力がないのよね?」


「え!? 私は平民ですし、見ての通り魔法の才能はないですよ!?」


「そう……?」


 リリーのお母さんもお父さんも本当の身分は誰も知らないんだよ? と言うのはやめておいた方がいいよね。

 余計な心配をリリーにさせたくないから。


 リリーは本当に魔力がないのだろうか?

 何か大事なことを忘れている気がするんだよね――。


 リリーは先程まで悲しい表情をしていたのに、今はもういつも通りだった。


 無理をしていないといいんだけれど……。


「リリー、無理してない?」


「え、大丈夫ですよ? たしかにちょっと、ショックは受けましたが、それよりもこう、なぜか少しすっきりした気持ちの方が大きいんです」


 リリーは大きく手を広げて見せる。

 その表情はいつもの明るいリリーだ。


「私の取り柄は元気だけですから!」


「ふふ、リリーの良いところはそれだけじゃないよ」


「えっ、私の良いところってなんですか!?」


「……あ、もう寝る時間だね」


「え〜! お嬢様!?」


  二人で笑いながら今日を終えることができてよかった。

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