69【昔の記憶】
私が死ぬ前、あの監獄でのフレイアさんとの会話や、侯爵家の庭でリリーやソフィアたちと会話をした時の記憶が蘇る。
"そういう薬にちょっと手を加えたもの"
"見ていてとても滑稽だったわ。おかげで退屈しなかったけれど"
"あなたはやっぱりお馬鹿さんなのね"
"領地でいい毒草がとれたからあなたの為に丹精込めて作らせたのよ"
【シア、大丈夫ですか】
待って――。
フレイアさんはなんて言っていた?
"領地でいい毒草がとれた"
領地って、どこの?
"作らせたのよ"
誰に……協力者がいるのだろうか。
それともフレイアさん自ら……?
ということは、フレイアさんは薬草に関してそれほどの知識がある?
"あれ……? ねぇ、リリー。この辺りってこんなにお花が植えられていたかな?"
"うーん、誰が植えられたんでしょう? あまり見たことのないお花がありますね"
リリーと久しぶりに散歩をした時に気が付いた。
知らない間に変わってしまった侯爵家の庭。
"奥様が日々手入れをされているのです!"
"このお庭は奥様がソフィア公女様のために各地から取り寄せた珍しいお花を……"
どうして急にあの時の会話を思い出したんだろう。
あの時見た花はなんだった?
他の場所で見たことがあっただろうか。
草や花の名前を知っていた人は?
いや、考えすぎだよね……?
お父様やお兄様がいる侯爵家の敷地内に、危険なものが育つなんてことは……。
ソフィアだって触れていたはずだ。他の人だって。
"私の娘はあなたの父親の血なんて引いていないわよ? だって、侯爵とは別の男との子だもの"
それならソフィアの実の父親は誰?
"あぁでも、侯爵家の血筋なのは間違いないのよ?"
私のお父様でないなら、いったい誰なの?
侯爵家の血を引く男性……?
それともまさか、フレイアさんは侯爵家の――。
【シア!】
トワラさんに頭の中に響くような大きな声で呼ばれてハッとした。トワラさんの声も届かないほど考え込んでしまっていた。
【大丈夫ですか。何をそんなに考え込んでいたのです?】
今私が考えていたことはトワラさんに伝わってしまったのだろうかと不安になった。私がどのように生きてきたかを知られてしまうのはまだ怖い……。
けれど、不安そうにしている私にトワラさんは【私たち魔獣は心で会話ができはしても、考えを読み取ることはできないのです】と安心させるように教えてくれた。
「すみません、昔の記憶を思い出してしまって……」
【私が余計なことを言ってしまったようですね、ごめんなさい】
申し訳なさそうにトワラさんに謝られてしまった。
「違います、トワラさんのせいではありません! 私がまだ過去を……」
乗り越えることができていないから。
【……今はこの話はやめておきましょう。シア、私があなたの力になりたいというのは心から思っていることです。それだけは忘れないでくださいね】
「ありがとうございます」
【シアが不安なら、他の人に話すのはまだやめておきましょう】
「いいのですか……?」
【えぇ。話をしてもしなくても、どちらをとっても不安はあるでしょう。ただ、私とあなたが会う口実が必要です。公爵家の魔獣である私があなたに会いたいという理由で呼び出すわけにはいきませんから】
「はい」
【利用するようで少し心苦しいですが、ロゼリアかユーシスとまた会う約束をしてくれますか? その時にアイシラに手伝ってもらいまた二人の時間を作ってもらいましょう】
ロゼリア様とユーシスを利用する……?
二人とはどんな理由でもいいからこれからも会いたいし、仲良くなりたいと思っている。
けれど、そこに少しでも違う目的が入ると利用することになってしまうのでは?
そう思うと罪悪感のようなものが芽生えてしまった。
【もし私たちのしたことが知られたとしても、二人はそのようなことは気にしないはずですよ。むしろ、なぜ頼ってくれないんだと怒られてしまうでしょう。それくらい二人はあなたのことが好きだと思いますよ】
「そうだと嬉しい、です」
【大丈夫です。シア、がんばりましょう。あなたの聖獣がせっか与えてくれた時間なのですから、私も出来る限り力になりますよ】
「トワラさん、ありがとうございます」
【それではまた会えるのを楽しみにしていますよ】
「あ、私が何か準備することはありますか?」
【大丈夫、ありません】
「わかりました。トワラさん、よろしくお願いします」
◆◆◆
トワラさんとの話が終わった時、部屋をノックする音が聞こえた。どうやらトワラさんがアイシラ様に伝えてくれたようだ。
「話は終わったかしら?」
「アイシラ様、ありがとうございました」
「いいのよ、シアさん。何かあれば私も頼ってくれると嬉しいわ」
何かあると気付いているのに、それでも何も聞かずにいてくれるアイシラ様。
近いうちに少しでも話せたらいいな。
きっと、ユーシスもロゼリア様も私の話を信じて聞いてくれるはずだ。
「シア、これあげる」
ドアからひょっこり現れたユーシスは手に持っていたものを私へと渡した。
見てみると、それは腕の中に収まる小さな猫のぬいぐるみだった。
「わぁ、かわいい!」
「ね、かわいいでしょう? なんか毛並みがシアに似ていると思って。目も金色で綺麗だよ!」
猫のぬいぐるみの瞳の色は私と同じ金色だった。
毛並みもさらさらしていて、とても心地よかった。
あれ……? もしかしてこれ、宝石なのでは?
ぬいぐるみのリボンについている石をよく見ると宝石が使われていた。
大事にしよう、いろいろな意味で。
「ありがとう、ユーシス。とても気に入ったよ」
「どういたしまして!」
ロゼリア様からは金色の糸で刺繍されたハンカチをいただいた。とても繊細な刺繍で、私のために作ってくれたものだと聞いてとても嬉しくなる。
そして、アイシラ様からは魔石のついたペンダントを渡されて驚いた。
「シアさん、このペンダントはあなたのお母さんが学生時代に魔力を込めて作ったものなのよ」
「え、お母様が……?」
「そうよ。ずっと渡さなければと思っていたのだけれど、遅くなってしまってごめんなさいね」
「でもこれはアイシラ様の……」
「シアさんに持っていて欲しいの」
渡されたペンダントをぎゅっと握ると、微かに温かさを感じた。もしかすると、お母様の魔力なのかな。
嬉しい、お母様をまた近くで感じられるようで。
「アイシラ様、本当にありがとうございます」
以前はペンダントの存在を知らなかった。
それどころか公爵家とは関わりがなかった。
今のお父様と公爵様は仲が悪いようには見えない。
何かあったのだろうか。
今となってはもうわからないけれど、これからの時間を変えていければ過去のようなことにはならないと信じたい。