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64【聖獣とクロの名前】


 どうしよう、私の肩に何かが憑いて――。


【いえ、憑いているのではありません。のっているのですよ、白い小さな聖獣があなたの肩の上に】


「え、白い……?」


【えぇ、この世界の動物で例えるなら子猫に見えますね】


「白い、子猫……?」


【そうです。今はしょんぼりと項垂れていますが】


 もしかして、あの時会った可愛い猫ちゃんなのでは?

 でも、子猫だったかな……。


【その聖獣は力のほとんどを使ってしまい体が小さくなったようですね。ずっとそばにいたのではありませんか?】


 私のために時間を戻したせいで力をなくしてしまったのに、ずっと一緒にいてくれたの?


 肩のあたりを優しく触れてみるけれど、私には何も感じることができずに悲しくなる。


【ですが……いくらあなたのためとはいえ、とんでもないことをしましたね。時間を戻すなどあってはならないことです】


「あ……」


 何と言っていいのか分からず、俯いてしまう。


【責めているわけではありませんよ。私は我が子があなたにもう一度会えてよかったと思っていますから。あなたが時間を遡ったことも、その子から知ったのです】


 私の膝の上で嬉しそうにくつろいでいる子犬……ではなく小さな魔獣。


 そうか、この子は私が――。


【そうですよ。あなたが名付け親なのです】


「クロ……」


 小さくそう名前を呼ぶと、クロの耳はぴょこっと反応し嬉しそうに尻尾をぱたぱたと元気よく振った。


【あら、小さな聖獣はどうやら羨ましく思っているようですね】


「え? 羨ましい……?」


【クロにはあなたが名前を付けてあげたからではないでしょうか。シア、どうやら聖獣は早くあなたと正式に契約をしたいようですね】


「契約……ですが……」


 本当は契約、したい。

 侯爵家にはお父様もお兄様もいるのに私が契約なんてしてもいいのだろうかという考えが先にきてしまった。

 

 様子をうかがうように肩を見るけれど、猫ちゃんがそこにいるのかも、どんな表情をしているのかもわからない。


【残念ですが今はそこにいませんよ。不貞腐れてあちらのクッションの方へ行ってしまいました】


「怒らせてしまったでしょうか」


【怒っている、とは違いますね。あなたのその自信のなさを憂慮しているのでしょう】


 自身の、なさ。

 その言葉は私に小さく突き刺さるものだった。


 自信なんてものは、とうの昔になくしてしまった。

 いや、初めからなかったのかもしれない。


 私にもお兄様のように能力があればこの性格は違ったものになっていたのだろうか。

 けれど、それで私自身になんの価値があるというのだろう。


 なんて、こんなことを考えてしまうのがダメなのよね。

 能力があるとか、そんなことを言っているんじゃないのに。


 私が、私を信じてあげられるように。


【それはあなたにとってこれからの課題となるでしょう】


 クロが"くぅん……"と小さく鳴いた。

 私の膝でどこか不安そうにしている。


 私の心が伝わってしまったのかもしれない。

 

【クロもあなたが心配のようですね】


 ここでふと、とあることに気が付いた。

 クロの名前だ。


 今はまだ名前がないはずなのにクロと呼んでしまっているし、なんならクロ自身も自分の名前がクロだと認識してしまっている。


 大丈夫なのだろうか。


【あぁ、この子の契約者が死ぬことなく時間が戻ったため名前はクロのままなのですよ】


 契約者が死ぬこと、なく……?


「それなら……ユーシスはあの後私のように処罰はされなかったということ……?」


 誰かに、ではなく自分に問いかけるように小さく呟いた。


【あなたの過去に何があったのか詳しくはわかりませんが、クロから感じとれることからはユーシスにひどいことが起きた、ということはないでしょう。安心してください】


 よかった、本当によかった。

 あのまま巻き込んでしまったのかもしれないと、ずっと怖かった。


「あの、クロから感じとれるというのは……過去のことを覚えているのでしょうか? そのことをクロがお話に……?」


【覚えている、という言葉が合っているのかはわかりませんが、本能的に記憶しているのでしょう。この通り、クロの心は幼いままですからね】


 クロを見れば、その仕草は可愛らしい小さな動物そのものだった。


【この子はまだ人間に上手く言葉で伝えることができないのです。親である私は感じ取ることができますが……。記憶も成長とともに忘れてしまうかもしれません】


「それなら、私のことも忘れてしまうのでしょうか……」


 けれど、時間が遡る前はソフィアの誕生日パーティーで会った時は覚えていてくれた……よね?


 するとクロがぴくっ、と反応した。


「きゃん、きゃんっ! わうぅ……」


 クロが何かを言いたそうに一生懸命鳴いている。


【絶対に忘れない、と言ってますよ】


「ありがとう、クロ。あの、もうこの子の名前は変えられない……のでしょうか?」


【そうです】


 この子に名前を提案した時、不満そうに見えたことを思い出した。"ワゥ……"と項垂れている姿を思い出してつい笑ってしまう。


「ねぇ、あなたクロのままでもいいかしら?」


「きゃん!」


 クロは嬉しそうにしている。

 あの時は不満そうだったのに、今は名前を呼ばれて嬉しそうだ。


「ふふ、よかった……」

 

 ……ん? そういえば。

 どうやってユーシスにこの子の名前がクロだと伝えればいいんだろうか……?


【それは……なんとかなる、でしょう】

 

 そう言いながら気のせいか私から視線を逸らした。


【ちなみにその子は女の子ですよ】


「………え」


 お、女の子!?

 勝手に男の子だと思ってしまっていた。


 だからクロって言った時に不満そうだったのね!?

 いや、クロだって可愛い名前だよ!?


 でも、もしかしたら名前に対する期待とかがあったのかもしれない。憧れ的な……。


 見た目でクロって付けてしまった。

 だって綺麗な毛並みだったんだもの。


 残念ながら今はまだ毛が生え変わっていないから、どちらかというと黒より灰色なんだけれど。


「クロ……なんか……ご、ごめんね……」


 男の子だと思っていました。


「きゃぅ……?」


 優しく撫でながらクロに謝るけれど、クロはなんのことかわからないようで首をかしげている。そんな姿も可愛くて、優しく撫でてあげるとクロは気持ちよさそうにごろんとした。


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