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62【フィペリオン公爵家からの招待②】


 ロゼリア様との二人きりのお茶会はとても楽しい時間だった。スイーツはどこのお店がおすすめとか、ぬいぐるみならあのお店だよ、とか。ドレスやアクセサリーを買うならデザイナーは誰が人気だとか。


 ロゼリア様は歳下の私に気を遣って話をしてくれていた。ロゼリア様も、私が家からほとんど出たことがないのを知っているんだろう。言葉を選んでくれていることに気が付いた。


 けれど、お兄様の誕生日パーティーで着ていたロゼリア様のドレスを「とても可愛くて……素敵でした」と私から話をしたことで貴族の令嬢たちの間で何が流行っているのか教えてくれた。


 ただロゼリア様の話を聞いているだけで楽しかった。

 自然と頬が緩んでしまい、そんな私を見るロゼリア様も嬉しそうだった。


 以前の私は、お茶を飲みながら友だちと会話を楽しんだり、人気のお店に並んで買い物をしたことなんてなかったから。


 だから友だちができたみたいで嬉しい。

 今は八歳の私が、歳上のロゼリア様を友だちだなんて思ったら失礼かな。


「ロゼリアお嬢様」


 会話が途切れることなく楽しい時間を過ごしていると、一人のメイドがロゼリア様にそっと話しかけた。


「お母様が……? わかったわ、ありがとう」


 メイドから話を聞いたロゼリア様の表情が少し曇った。

 何かあったのだろうか。


「あの、シア様……申し訳ないのですが少し席を外させていただきます」


「はい、大丈夫ですよ」


 申し訳なさそうにすぐに立ち上がったロゼリア様の表情から、急いで向かいたい場所があるんだとわかった。


 ロゼリア様はメイドに庭園や温室を案内するよう頼み、急いで屋敷の中へと入っていった。


「シアお嬢様、こちらへどうぞ」


「はい、お願いします」


 案内された庭園はとても手入れがされている場所だった。

先程お茶をしていた庭からの眺めもとても良かったけれど、ここは格段に違った。


 先ほどまでいた庭はお茶を楽しむのにいい場所で、ここは歩きながら目で楽しめるようだ。


「こちらの庭園は、奥様とロゼリアお嬢様のお気に入りの場所なんです。他国の珍しい花や木もございますよ」


「わぁ、本当に素敵なところですね」


 大きな木には見たことのない果物のようなものがなっていて不思議だし、私の背よりも高い植物もあれば、虹のように輝くお花まであった。


「ロゼリアお嬢様は小さい頃によくここでかくれんぼをして遊ばれていたんですよ。この広さですし、お嬢様は隠れるのが本当にお上手で私たちメイドはなかなか見つけられることができなくて大変でした」


「わぁ、ここでかくれんぼは大変そうだけど楽しそうですねっ! でも、これだけ広いと私なんてすぐに迷子になりそう……」


「ふふ、大丈夫ですよ。私が付いておりますので」


「よろしくお願いしますね」


 メイドは私から目を離すことなく付いてきてくれるため、これなら私でも迷子になることはないだろう。


「この先に温室があるのですが、ぜひ見てみませんか?」


「はいっ! お願いします」


 そうして温室まで案内をしてもらうために、もう十分ほどは歩いただろうか。本当に広い庭園だ。


「お嬢様、もうすぐ見えてきますよ」


 すると、遠くにガラスの屋根が見えた。

 ここからでもわかるほど大きい温室のようだ。


 ガラスが陽に当たりキラキラとしていてとても綺麗だった。


「ガラスが綺麗ですね」


 そう言って振り返るとすぐそばにいたはずのメイドがいなくなっていた。


「え、あれ?」


 つい先ほどまですぐ後ろを歩いていたのに。

 庭に敷かれた石の上をコツコツと歩く足音だってしていたのに。


 え、もしかして私……迷子になった?

 道なりにまっすぐ来ただけなのに……?


 不安になり辺りを探してみるけれど人の気配は一切なかった。


「どうしよう、まさかはぐれるなんて……」


 ここから離れて探し回ると余計に迷いそうだ。


 温室に行くと言っていたから私もそこへ行けばメイドさんに会えるよね?


 そうして私は温室をめざして歩き始めた。



◆◆◆



――席を外したロゼリアは母親の部屋にいた。


「ところでお母様。魔獣の姿が見えないのですがどちらにいるのですか? さきほどまでお部屋にいましたよね?」


 体調の悪い公爵夫人のそばから離れずにいつも一緒にいるはずの魔獣、トワラの姿が見えなかった。


「それが出て行ってしまったの。トワラの子が目を覚ましたと思ったら急に出ていってしまって……。多分また温室にいるんじゃないかしら」


「……え?」


 ロゼリアは母親の"温室にいるんじゃ"と言う言葉を聞いて血の気が引いた。シアが温室にいるかもしれないのだから。


「ロゼリア? どうしたの、顔色が悪いわ」


「トワラは……温室にいるのですか?」


「トワラがどうかしたの?」


 ロゼリアの母親であるアイシラは心配そうに娘を見た。


 トワラとは、アイシラが契約をしている魔獣だ。

 ロゼリアの父親であるフィペリオン公爵が契約をしている魔獣の番でもある。


 本来なら魔獣と契約ができるのはフィペリオンの血を継ぐ者だけだが、アイシラがトワラと契約できたのは特別な例外ともいえる。


「お、お母様、失礼しますっ……!」


 ロゼリアは急いで温室へと行こう立ち上がった。

 するとその時、ドアのノックを強めにする音が聞こえた。


「奥様、ロゼリアお嬢様! 大変なことが……!」


 部屋へと入ってきたのはシアを任せたはずのメイドだった。


 ロゼリアは嫌な予感がした。


「何かあったの!? シア様は一緒ではないの!?」


「そ、それが……シアお嬢様を温室へご案内していたら突然目の前で消えてしまったのです。私はそれ以上進むことができませんでした。どうやらトワラ様が結界をはられたようで……トワラ様に気付くことができず申し訳ございませんっ!」


 メイドは深々と頭を下げた。


「あなたが悪いのではないわ。私が大丈夫だと思って案内を頼んだのだから。お母様、私はすぐ温室へ行ってきます」  


「え、えぇ。シアさんに何かあったら大変だわ。あの子が……トワラが興奮して人を傷付けないようお願いね」


 アイシラはシアが魔獣の結界に入ってしまい危険な状況だということをすぐに理解した。


「もちろんです。あなたはお母様のことをお願いね」


 ロゼリアはメイドに母親のことを頼み、急いで温室へと向かった。



◆◆◆



 ロゼリアが温室まで来るのに時間がかかってしまった。


「あ、ロゼリアお嬢様!」


 温室のガラスの屋根が見えるところまで来ると、そこにいたのは公爵家の護衛騎士だった。


「シア様は!?」


「申し訳ございません、まだ中に入ることができずにおります。ただ結界の範囲が変わったようで、温室の近くまで行くことができそうです」


「やはりトワラは温室にいたのね」


「トワラ様は奥様のお部屋にずっと一緒にいるとばかり……急にどうされたのでしょうか?」


「わからないわ。お母様が言うにはトワラの子が急に出ていってしまったそうなの。その子を追いかけて、そのまま温室で休んでいるのかもしれないわ」


「そうですか……トワラ様は安静にしていないといけないですからね」


 トワラには生まれてから四年ほどのまだ小さな子どもがいる。動物でいう四歳ならもう大人と言えるが、魔獣は寿命が長いため四歳ではまだまだ子どもだ。


 そしてトワラは新たな子をお腹に宿している。


 そのため今はとても不安定な時期。

 人に危害を加えてしまう恐れがあるのだ。


 公爵家でも魔獣に認められた者しか近付くことはできない。


「もしかして、シア様の気配に気が付いたトワラの子が会いに行ってしまったのかしら?」


 トワラの子どもは一度だけシアと会ったことがある。

 しかし、いくら魔獣でも一歳頃のことを覚えている可能性は低いはずだ。


 それに、シアはまだ魔法が使用できないと聞いている。

 シアの魔力を感知することはできていないはずでは……。


「お嬢様、このままだと、その……家門同士の問題になりかねません」


 護衛騎士が何を言いたいかはわかる。

 シアの身に何かあれば公爵家が、トワラとその子に何かあれば侯爵家が責任を問われるのだろう。


 けれど、実際はシアの身に何か起きてしまう可能性しかなかった。魔獣はそれほど強い力を持っているためだ。


 ロゼリアはシアのことがただただ心配だった。


「お父様に連絡をしている時間はないわね……私が結界内へ入ります」


「お、お嬢様、それは危険です! いくらお嬢様でも、結界内へ無理矢理入ってはトワラ様を刺激してしまうかもしれません……!」


「大丈夫よ、私の魔獣に助けてもらうから。私も公爵家の一員なんですもの。それに、シア様をこのままになんてしておけないわ」


「ですがお嬢様、公爵様が来られるまでお待ちになった方が……っ! それか奥様に――」


 ロゼリアは母親に無理をさせたくなかった。

 シアに会えることを楽しみにしていたのだから。


 そうしてロゼリアが自身の魔獣を呼び出そうとした時――。


 


 目の前でパキン、と結界が消滅した。


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