58【お兄様のお誕生日パーティー④謝罪】
お父様とばっちり目が合ってしまった。
ど、どうしよう。
私の姿を見たお父様の眉がぴくりと動いた。
お兄様っ! 私のドレスも綺麗にしてくれてもよかったじゃない……!
「ルカ、何があった?」
と、お父様が言い、お兄様へと視線を向けた。
お父様もお兄様と同じことを聞くのね。
「はい。この二人が……」
お兄様が言いかけたところで横から割り込んできた男性がいた。
「ガルド!? おい、息子を離さないか!」
「ち、父上〜!」
エドワードに首根っこを掴まれている男の子の一人はガルドという名前だった。
ガルドの父親がエドワードに掴みかかろうとするが、エドワードに軽々とひょいっと避けられてしまう。
「おいっ! 執事の分際でなんてことしてるんだ! お前、立場が分からないのか!?」
「立場が分かっていないのはどこのバカでしょうね〜」
エドワードは相手を怒らすのが好きなのかな?
「なんだと!?」
ガルドの父親は顔を真っ赤にして怒っている。
親子でそっくりね。
「これはあなたのバカ息子ですか?」
「なっ!? バカとはなん……」
と言いかけて相手を見て驚く。
「こ、公子様!?」
「そこの口の悪い執事は私の専属執事です」
「なら公子様がやめさせて下さい! どうして私の息子をこんな目に合わせるのですか!」
騒いでいるのはこの男性とその息子だということは明らかで、他の人たちは冷めた目で見ている。
この状況がわかっていないようだ。
「私の執事は暴行の現行犯を捕らえているだけですが?」
「な、何を言って?」
「ですから、現行犯です」
「……な、なんの?」
「私の妹への暴行です」
お兄様が私へと視線を移す。
それを追うように男性も私を見た。
私の頬には血の跡。
手にしているハンカチは血でべっとり。
ドレスにも血がついている。
男性の赤かった顔は一気に真っ青になった。
あぁ、お兄様はこの為に私の姿をそのままにしていたのね。
「あ、あぁ……何か……誤解が………私の息子が、侯爵様のご息女に暴力など……」
「誤解とは?」
「で、ですから……」
「俺は悪くない! あいつが悪いんだよ!」
黙っていればいいのに、ガルドは自分は悪くないと父親に訴える。
「お前は黙ってろ!!」
男性は顔を真っ青にしながら息子を怒鳴る。
「侯爵様!! 申し訳ございません!! 愚息がとんでもないことを……!!」
男性はお父様の前で土下座をして謝罪をする。
その額は床に打ちつけるほどの勢いだ。
「伯爵」
「は、はいっ! 侯爵様」
「息子の誕生日パーティーの招待状をせがんできたのはこんなことをする為だったのか?」
「いえ、とんでもありません! 違います! 私はただ……!」
「どう責任をとるつもりだ?」
「も、申し訳ございません!!」
「それで?」
「い、いえ、謝罪も賠償もいくらでもします! どうか、どうか裁判だけは……!」
貴族の裁判とは爵位をかけてのものだ。
裁判とは名ばかりで、六家である侯爵家が伯爵家を正式に訴えれば伯爵家は終わる。
文字通り、終わる。
それだけは何が何でも避けたいのだろう。
「それで?」
「そ、……それ、で……」
お父様は冷たい目で伯爵を見下ろしている。
私ではなくお兄様を、お父様を、侯爵家を軽んじたことへの怒りからだろう。
「お前が許しを乞わねばならないのは私か?」
……え?
お父様がこちらを見た。
伯爵はハッとした。
エドワードに掴まれていたガルドの襟元を掴み、私の前へと投げ捨てた。
「謝罪するんだ!」
「なんでだよ!? 俺はわるく……」
伯爵はガルドの頭をガンッと床へ打ちつける。
さすがにあれは痛いだろう。
「あの、それはさすがに……」
子どもの小さな揉め事だったのに。
まさかこんなことになるなんて……。
「ご、ごめん……」
父親の必死な態度にやっと事の重大さに気付いたのか、ガルドが謝る。
「ごめん?」
お兄様が追い討ちをかける。
「うぅっ、ひっ、申し訳、ございません……」
ガルドは泣きじゃくってしまう。
なんだか可哀想に見えてきてしまった。
私がもう少しまともな対応をしていればよかったはずだから。
「あの、顔を上げてください……私も、ごめんなさい」
二人は恐る恐る顔を上げた。
「えっと、その……大丈夫……?」
ガルドの顔を覗き込むと、床にぶつけた額は赤くなっていた。
ガルドはまた顔を真っ赤にする。
これではどこをぶつけたかわからない。
「お、おまえ、いいやつだな……」
「は……?」
「そうだ、顔も……あいつに似てなくてかわ……」
そこでまた伯爵に頭をガンッと打ち付けられた。伯爵はさらに顔を青くしている。
「こ、侯爵様! い、今のは息子の戯言ですので……!」
お父様を見ればいつも通り無表情だ。
お父様が手で小さく何か合図をしたと思ったら、騎士があっという間に二人を連れて行ってしまった。
正式な謝罪と賠償についてはまた後日ということになった。
と、ここに残されたもう一人の男の子。
まぁ、この子は別に何もしていないから……。
男の子は魂が抜けたような顔をしていた。
両親に連れられる姿は、まるで今から処刑場に行くかのように見えた。
二度と人にちょっかいを出すことはないはずだ。
助けてくれた女性にお礼をしようとしたところ、「いいんですよ」と微笑み、女性はお父様と一緒にいる男性の元へとそのまま行ってしまった。
ちゃんとお礼をしたいんだけどな。
この後はどうしたらいいかな、気まずい。
とりあえずお父様に謝りに行こう。
そうして一歩を踏み出すと、私の足はカクンとよろけた。
ぺたりと床へと座り込む形になってしまった。
力が抜けてしまった。
は、恥ずかしい……!!
私の顔はガルド以上に真っ赤になっているだろう。こういう時にリリーたちがいてくれたらよかったのに。
「お嬢様、お手をどうぞ?」
私に手を差し出してきたのはエドワードだった。
お兄様の専属執事。
この人は口が悪い。
性格も歪んでる、絶対。
「あ、ありがとう」
「いえいえ。お嬢様は一人では立てないですからね」
「ふふ、ふ……」
私の笑顔が引きつる。
貴族のお嬢様は支えなしには一人では立たないということ?
それとも怪我をしていた(治ったけれど)から立てないということ?
「おい、エドワード。お前はどうしていつも一言多いんだ?」
「いえ、別に」
あぁ、そうだ。
この時のエドワードはとにかく私のことが気に入らないんだった。