50【サラの行動②】
「サラ……」
私はもう一度、サラの名前を呼んだ。けれどサラは何事もなかったかのような表情のまま会話を続けようとする。
「他に何か必要なものがありますか? そうだわ、お菓子も一緒に……」
「サラ!!」
リリーが大きな声を出した。あまりの大きな声に、私とサラはびくりとした。
リリーは素早くサラの元へ駆け寄り、その手に握っているであろうものを奪おうとした。
「ちょ、リリー!? 何をするの!」
想像していなかったリリーのいきなりの行動に私はとても驚いた。それはサラも同じだったようで、リリーの行動に一瞬怯んだけれど手の中にあるものを奪われないよう必死に抵抗している。
「サラ!! なんで!?」
「何のこと!?」
リリーはサラの手を掴んだまま離さない。
サラも奪われまいと、拳は強く握ったまま。
「リリー、離して! 痛いわ!」
目の前で起きている二人の行動を見て私はとても悲しい気持ちになる。今までずっと仲の良かった二人がこうして掴み合いをしているのだから。
どうやって取ったのか、リリーはサラの手から何かを掴み取った。
その勢いでサラは床へと倒れてしまう。
「やめて! 返してよ!」
サラはリリーに飛びかかってしまうのではという勢いで立ち上がった。
「もうやめて!」
私はリリーとサラの間に割って入った。サラの動きが止まる。
「お、お嬢様……」
サラは私を見て小さく呟いた。その目には動揺と悲しみ、不安などの気持ちが混ざっているように感じた。
「お願いだからやめて……」
こんな二人が見たかったのではない。ぽろぽろと涙を流す私を、リリーは目に涙を浮かべながら心配そうに見ている。
「お嬢様、すみませんでした……。つい、頭に血が上ってしまって……」
「ううん、大丈夫。リリー、怪我はない?」
「はい、少し引っ掻いてしまいましたけど大丈夫です……」
「サラは……?」
そう言って私はサラを見た。
サラも涙を流していた。
「な、どうしてサラが泣くのよ! 泣きたいのはお嬢様なんだよ!? お嬢様、サラの心配なんてしなくてもいいんですよ!」
「も、申し訳、ありません……ごめんなさい、ごめんなさい……お嬢様……」
サラは床に頭をつけて私に謝り続ける。
「サラ! そんな謝って済むような事じゃないんだよ!」
リリーはとても怒っている。こんなに怒っているのを初めて見た。サラに裏切られた事実が重すぎたようだ。
今まで冷静だったのは、もしかしたら間違いなんじゃないかと、私と同じように期待していたのかもしれない。
でもそれが目の前で裏切られた。
物心ついた時から侯爵家にいたリリーにとって、サラはお姉さんであり母のような存在だったはずだ。
「申し訳、ありません……」
サラの握られた両手が床の上で震えている。
このままこの場所にいる訳にはいかない。あれほどの大きな声だから聞きつけて誰かが来てしまうかもしれない。
「サラ、立って。とりあえず私の部屋に来て」
「………」
サラは震えたまま動こうとしない。いや、動けないのだろう。
「誰かに見られたらお嬢様に余計な迷惑がかかるって分からないの!?」
リリーの言葉にサラはハッとし、ふらふらと立ち上がった。それをリリーは逃すまいという気持ちも込めてかサラを支えた。
そして三人で私の部屋へと向かった。
サブキッチンから私の部屋まではすぐだったけれど、この光景を目撃してしまったメイドは不安そうにしていた。
「シ、シアお嬢様……!? 何かあったのですか!?」
とぼとぼ歩く私と、力が抜けてしまい気力のないサラ。それをがっちりホールドしているリリー。しかも三人とも目は真っ赤。
どう見ても何かがあったのだと一目瞭然だ。
「ううん、大丈夫よ。気にしないで」
「ですがお嬢様、そう言われましても……」
侯爵家のメイドとしては見過ごすことはできないのだろう。けれど当の本人に気にしないでと言われては、どうしたものかとおろおろしている。
「ごめんなさい、私とサラがちょっと言い合いになっちゃったの」
リリーはそのメイドに誤魔化す。
「私のメイドが騒ぎを起こしたと誤解されてお父様の耳に入ったら嫌なの。これ以上大事にしたくないから……」
「そうでしたか……。お嬢様がそう言うのでしたら私は何も言いません」
メイドにこれ以上聞かれることはなく、そのまま私たち三人は部屋へと入った。