43 【お父様との再会②】
どうしよう、お父様と何を話したらいいのかと困惑している私は助けを求めるようにセバスティンをちらっと見た。すると目が合い、なぜか微笑んでいる。
「……?」
そしてセバスティンはお父様の方へ向き直り——。
「昼食はこちらで済まされますか? シアお嬢様もまだお済みでないのでしたら一緒にご用意させていただきます。シアお嬢様、昼食はまだでしたよね? こちらにご用意いたしますね。メイドには私からお伝えしておきますのでご安心ください。いいですよね、侯爵様」
「えっ、」
「あ、あぁ。頼む」
執事長に言われるがまま、お父様は頷いてしまった。お父様に忠実なセバスティンがこうも有無を言わさない話し方をするのは珍しいことだ。
セバスティンを見れば、にこにこと嬉しそうな表情をしている。
セバスティンの提案がなければ、お父様と一緒に食事をするという状況になることなどなかっただろう。
「それではすぐにご用意いたします」
そう言って、セバスティンはそのまま執務室から出て行ってしまった。
ま、待って、お父様と二人きりにしないで!
まさかの思ってもいなかった状況に焦ってしまう。一人でおろおろしていると、お父様は無言で隣の部屋へと行ってしまった。
どうしよう、怒っているのかな? 忙しいから私がいるときっと邪魔になってしまうはずだ。
シン、とした執務室の中でふと昔の嫌な記憶が思い出されてしまう。この執務室には応接室と同じソファが置かれている。
あの人とソフィアに初めて会った時のことだ。
ぎゅっと手を握る。大丈夫、もうあんな思いは二度としたくないから。今回はあのような状況にはならないはずだから——。
少ししてお父様は隣の部屋から戻ってきた。
どうやら私が汚してしまった服を着替えていただけのようだ。
そしてお父様がこちらを見た。
「なんだ、いつまでそこで立っているつもりだ?」
「え、あ、あの……」
そう言われても、どこへ座ったらいいのか分からない。そもそも座ってもいいのだろうか……。
「隣の部屋で座って待っていなさい」
お父様の視線の先はまた別の部屋がある。
「わかりました……」
扉を開けて入ると、テーブルとイス、棚などが置いてあるだけのシンプルな部屋だった。
ここへ入った記憶はないから初めて、かな……?
お父様に言われたとおり大人しく座って待っていると、すぐに部屋へと食事が運ばれてきた。
私の前に次々と食事が用意される。そして目の前の席にも同じように並べられていく。え、もしかしてお父様もここで一緒にいただくのかしら……?
それにしても、昼食だというのに目の前に並べられた食事の量が多いというか……。私もお父様もとてもこんなに食べられないと思うのだけれど。
食事にどこか気合が入っているようにも見える。
開けられたままのドアの向こうからお父様と執事長の会話が聞こえてくる。
「いや、時間がないから私はここで——」
「旦那様、すでにあちらにご用意しております。せっかくですから久しぶりにお嬢様とご一緒されてはいかいがですか?」
「………はぁ」
お父様が小さくため息を吐いた。さすがにそのため息にどのような意味が込められているのかは分からない。そんな小さな事でも心がチクリとしたけれど、お父様は黙ったままこちらの部屋へと来て目の前の席へと座ってくれた。
「なぜまだ手をつけていない?」
「その、お父様より先にいただくことはできないので……」
用意された食事を前にただ座っているだけの私にお父様は訝しげに聞いてきた。そんな不審なものを見るような表情しなくても、と思いつつ私はゆっくりと答えた。
「そうか、早く食べなさい」
「はい、いただきます」
私は一言も話すことなく静かに食事をしていたけれど、お父様はやはり忙しかったのか執事長が書類などを持ってきては見せてを繰り返し、私には到底理解できないような難しそうな話をしている。
お父様、ゆっくり食事をする時間もないほど忙しいのね——。
以前の私は、あまりにも姿を見せないお父様がわざと家に帰ってこないのでは、と思っていた。
執事長が五度目の退出をしたところでお父様が話しかけてきた。
「なぜ、お前は……」
「え?」
急に話しかけられて反射的にびくりとしてしまった。お父様の表情をそっと見てみると、何かを考え込んでいるようにも見えた。けれどいつも無表情のお父様から感情を読み取ることは難しい。
「あの……?」
「いや、なんでもない。食事を続けなさい」
「は、い」
そうして私もお父様もまた無言になる。
気まずい、非常に気まずい。お父様、私に何か言いたいことでもあったのかな? 途中でやめられるととても気になってしまう。
食事が喉を通らないってこういうことを言うのね……。このまま気まずい無言の食事が続くのかと思ったけれど、執事長がまたすぐ部屋へと入ってきた。
また何かの書類を見せて二人は話を始めた。
「旦那様、新しい使用人の件ですが——」
え、新しい使用人!?
聞こえてきたその単語に、私はパッと顔を上げた。私が会話に聞き耳を立てていることに二人は気が付いていない。
「公子様のお披露目パーティーもございますので早めに募集をしないといけません。教育期間も含めますとこれ以上先延ばしにすることは難しいです」
「今いる使用人では足りないか?」
「今いる人数で、と旦那様が仰るのでしたらそのようにいたします。ただ、今年の公子様のお披露目パーティーを皮切りに、公子様とお嬢様の年齢が上がるほどこれからパーティーなどの機会も増えるでしょう。お嬢様はデビュタントもございますし——」
「なら必要なところだけ増やしてくれ」
「かしこまりました。それでは雇用条件などはどのようにいたしますか? 面接の日程も……」
その時、話を遮るように部屋のドアをノックする音がし、執事が部屋へと入ってきた。お父様に急ぎの要件ですぐに来て欲しいということで使用人の件についての話はここで終わってしまった。
「旦那様、この話の続きは」
「いや、セバスティン。お前に全て任せる」
お父様はそれだけ言って、部屋から出て行ってしまった。
残された執事長のセバスティンはいつものことなんだと、困る様子も慌てる様子もなかった。
むしろ、私の内心が一番そわそわおろおろとしていただろう。