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39 【侯爵家のメイド】



 廊下を一人でうろうろとしながら考える。


「うーん、キッチンやランドリールームによってみようかな……?」


 お父様には会えなかったので部屋へと戻ろうかと思ったけれど、今この屋敷にいる使用人を把握しておくのも必要なはず。


 今この侯爵家で働いてくれている使用人たちは数年後にはほとんど辞めてしまうので嫌な記憶はそこまでない。


 そう思い、行き先を変更した。


 まずは本邸にあるメインキッチンへと足を運んだ。ちなみに、別棟などにある小さなキッチンはサブキッチンと呼ばれている。


 キッチンの中を覗いてみるとさすがにここではメイドたちが忙しそうにしていた。顔を確認してみても、ソフィアたちがこの屋敷に来る頃にはもういない使用人ばかりだった。


 みんな真面目に働いてくれている。私を蔑み、おしゃべりばかりしていたあの使用人たちとは雰囲気からして違った。


 次はランドリールーム。


 中にはたくさんの洗濯物が積まれていた。魔法もなしにこれだけの量を洗うのは大変そう……。


「あら! シアお嬢様、おはようございます。こんなところでどうされました?」


 こそこそ隠れて見ていると、後ろから声をかけられた。


「お、おはよう、何でもないの! 今日もおつかれさま!」


 子どもらしく笑う私を見てメイドは不思議そうにしていたけれど、それ以上何も聞かれることはなく、にこにこと微笑んでランドリールームへと入っていった。


"お嬢様は朝からかくれんぼかしら?"


"ふふ、可愛いわね~"


 と、くすくす笑いながらメイドたちは私を見ていた。その笑いは嫌なものではなく、お母様がいた頃と同じ温かい眼差しだ。


 以前の私だったら、"何をしにここへ来たんです?"とか問い詰められていただろうな。


 中を覗き込みながら、私は使用人たちの様々な記憶を思い出していた。


"お母様と一緒にきたメイドで、まだここに残ってくれている人"


"昔から侯爵家で働いてくれていたはず"


"人手が足りなくて臨時で雇われた使用人"


 ぐるりとメイドたちを見回してからランドリールームを離れた。


 お母様の生家である伯爵家からきたメイドは、本来ならお母様が亡くなられた時に伯爵家へと戻るはずだった。

 けれど、まだここに残ってくれている人もいる。それがお父様の命令なのか、伯爵家の最低限の義理なのか……それともメイドの意思なのか。


 お母様は上位貴族である伯爵家の生まれだ。その為、お父様との結婚時には大勢のメイドが一緒にこの侯爵家へとやってきた。


 本来は専属メイドなど、必要最低限の人数だけ連れてくるものだ。相手の家門が使用人も雇えない、信頼されていないと思われかねない無礼な行為。


 お母様は体が弱かったから伯爵家がそこは譲れなかったのかな。本当のところはどうなんだろう。


 そのため、お母様が亡くなられてからは伯爵家からきたメイドたちのほとんどが伯爵家へと戻ってしまった。

 ここに残ってくれたメイドはいつの間にかみんないなくなってしまっていた。伯爵家に戻ったのか、何か理由があって辞めたのかは分からない。


 現在、侯爵家は伯爵家との交流はない。


 お父様とお母様にはもともと別の婚約者がいたけれど、それを無理やり破棄し二人は恋愛結婚したらしい。正直、その話を聞いた時は想像がつかなかった。


 そこまでして結婚したのに……。


 仕事ばかりでなかなか家に帰って来ないお父様を、お母様はどんな気持ちで帰りを待っていたのだろう——。


 お母様の葬儀の時、母の父である——私にとってはお祖父様が声を荒げて言ったこと。


"あんな男と結婚したせいで"


"無理に子供を生んだせいで"


 この言葉がまだ幼かった私の心に深く突き刺さった。


 お母様が亡くなったのは私のせい——。


 お父様の両親は葬儀にすら姿を見せなかった。


 今度はお祖父様やお祖母様に会うことはあるのだろうか。





 それからいろいろな場所へと立ち寄り部屋へと戻った。


 屋敷の風景は記憶の中のものと変わらないはずなのに、感じる雰囲気はやはりどこか違う。

 使用人たちの雰囲気もそうだ。すれ違う使用人たちはみな、私へ笑顔で挨拶をしてくれた。


 今の私はまだ八歳なのだから当たり前なんだけれど、無視をされないということはやっぱり嬉しかった。


 それと——。


 ソフィアのあの明るくて優しい声が聞こえないことがなんだか寂しく感じる。ソフィアが侯爵家にきたことで嫌な思いをたくさんしたはずなのに。


 ソフィアはまたこのコンフォート侯爵家に来ることになるのだろうか。ソフィアたちがここへ来るまでにまだ三年以上ある。

 ソフィアのことはまだ先だとして……まずは今のうちに使用人との関係をどうにかしておいた方がいい。


 関係、というより新たに雇われる使用人たちの人選を改めてもらえるようにしなければならない。

 私でも分かるほど、あれだけひどい使用人がよく集まったものだと思う。


 お父様は忙しくて使用人のことにまで時間を割くことができなかったのだろう。人手が足りず、とりあえず急ぎ臨時で雇ってそのまま、ということだろうか。


 けれど、侯爵家で働くことができたのだから一定以上の推薦状または紹介状を持っていたはずだ。それがどこから出されたものなのか、さすがにまだいない使用人たちの推薦状の中身は私にはどうしようもできないけれど……。


 今いる使用人の人たちも、出来る限り辞めてほしくない。このままここで働いてほしいけれど……侯爵家の待遇はいいはずなのにどうしてみんな辞めてしまったのだろう?



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