２８ 【私の大切な人】
ノヴァンを見てこれはまずいと思った。
「お、お嬢様に、このようなことをして……い、いいと思ってるんですか！？」
え、リリー！？
「はっ。こいつがお嬢様？ 本当に侯爵家の人間なら今頃護衛騎士にでも助けられているはずだ。誰も助けに来ないということは、そういうことだろ？」
「………っ」
この人の言う通り、私は護衛騎士すら付けてもらえていない。普通は貴族の娘が護衛も付けずに一人でふらふらと出歩けるはずがない。
「お前こそ、平民の分際でよくも俺に……！」
ノヴァンは思いっきり手を振り下ろす。それと同時にリリーが私の視界に入った。
「だめ！ リリー！」
ノヴァンがこちらに手を振りかざしたと同時に魔力による爆発のような現象が起きた。
一瞬の出来事で頭が追いつかなかった。
「けほっ、けほっ、リ、リリー！？」
砂埃と煙が舞い上がり何も見えない。リリーへ声を掛けるが返事はない。
徐々に周りの様子が分かるようになった。そして、目の前の光景に血の気が引くのが分かった。
「あ……そ、そんなっ！ リリー！」
そこには血を流して倒れているリリーが。
「お、俺は関係ないからな！」
「ちっ……」
二人の男子生徒はそのまま逃げて行ってしまった。
「ま、待って！！ お願い、治癒魔法を……！」
私は一切魔法が使えない。だから、怪我をしているリリーを助けることができない。
「は、早く……人を……」
気が動転して手足が震えてしまう。カタカタと小刻みに震えてしまい、上手く立ち上がることができない。
「お、お嬢……」
「リリー！」
よかった！ 意識がある。
「リリー、ごめんなさい……私のせいで……。すぐに人を、呼んで来るから……」
「大丈夫、です。お嬢様、お怪我は……？」
こんな時にまで私の心配をするなんて。
「リリーのおかげで大丈夫よ。待っててね、人を……」
震える足に力を入れて立ち上がろうとした。けれど、リリーに制服の金具を掴まれて立ち上がることができなかった。
「……！？ リリー、動いてはダメよ！」
「ま、待って、お嬢様に、お伝え……」
「な、どうしたの？ リリー、離してちょうだい！ 早く怪我の手当てをしないとっ！」
先程よりも多くの血が流れている。このままだと大変なことになってしまう。それなのにリリーは手を離さない。
「確信、がなかった……ですが、お嬢様の……は……」
リリーはもう途切れ途切れでしか話せなくなっている。
「私の……？」
「わ、私、見て……」
最後の方はもう聞こえなかった。
「リリー、何を言っているの！？ ねぇ、手を離して！」
リリーはこのような状態でどこからそんな強い力が出てくるのか。しかし、その手は急に離れて……下へと力なく落ちた。
「ごほっ、」
リリーが血を吐く。苦しそうに息をしている。
嫌だ。
「シ、アお……」
リリーの呼吸が浅くなる。最悪の想像が頭をよぎる。このままではリリーは……死んでしまう。
そんなの絶対にダメ。
どうして私は魔法が使えないの！？
どうして助けられないの……！？
ねぇ、なんでなの！？
私は急いで立ち上がろうとした、けれど。
私の視界がぐにゃりと揺らいだ。
（……な、なに……！？）
体の中で、急速に何かが流れるのを感じた。それはとても気持ちが悪いものだった。全身を巡る感覚。今までに感じたことのない不快感と吐き気。
早く立ち上がりたいのに、力が入らずそのまま倒れてしまう。
そして意識が遠のいていく。
「リ、リリー……」
リリーに手を伸ばすけれど、届かない。
なぜリリーは今日迎えに来たのか。
なぜ私は寄り道なんてしたいと思ってしまったのか。
後悔してもしきれない。
このまま意識を手放してはダメなのに。
私の大切な人、リリー。
意識を失う直前、微かな光と、何かあたたかいものに包まれる感じがした。
「あら、量を増やさないといけないわね？」
