24 【身体検査の理由】
魔法士の人は私と目を逸らして話し始めた。
「……実は、シアお嬢様が学園に入学するにあたり、一つだけ確認をしないといけないことがあります」
「そ、それはなんでしょうか……?」
「その……」
魔法士はとても言いにくそうにしている。
次の言葉を話すことができないようだ。
「シアさん、あなたの瞳の色が生まれ持った金色で間違いないかを確認するためなのよ」
その声はフレイアさんだった。この部屋にいたことは知っていたけれど、私は視界に入れないようにしていた。
けれど、この言葉でフレイアさんの方を見るしかなかった。
「……ど、どう、いうこと?」
フレイアさんは今、なんて——。
その時、ガタンと大きな音がした。机にでもぶつかったのか、叩いた音だったのか。
音のした方を見るとお兄様が立ち上がっていた。
「父様、使用人は外へ出してください。証人なら私たちだけで十分なはずです。やはり私はこんなことは認められ——」
「あら、公子様。これはシアさんにとってとても大事なことなのですよ? せっかくみんなに証明できる機会なんですもの」
証明……? 機会……?
私は何を証明しなければいけないの? なぜ機会を与えられないといけないの?
「あなたにそのようなことを言われる筋合いは——」
「侯爵様はどう思われます?」
フレイアさんはお兄様の言葉を待たずにお父様へと話を振った。
それまで黙って聞いていたお父様が目は伏せたまま口を開いた。
「……私は、ルカの」
お兄様の……?
「あら、侯爵様。本当にそれでよろしいんですの?」
フレイアさんはお父様へ微笑んだ。
この場にふさわしくないその微笑みはただただ不快でしかなかった。
お父様の組まれていた指にピクリと少しだけ力が加わった気がした。
「……そのまま続けてくれ」
「父様っ!」
「公子様、お座りになって? さぁ、魔法士の方。始めてください」
そう言ってフレイアさんは微笑んでいる。
この雰囲気の中「はい分かりました」と先ほどの続きができるほど魔法士の神経は図太くなかった。私とお父様を交互に見て、おろおろとしてしまっている。
あぁ、私のせいでこの人を困らせている。
「……始めてください」
私から先に話しかけた。すると、魔法士はほっとしたような表情を見せた。
「は、はい! ではあの、説明をしても……?」
「何をするのでしょうか……?」
「その——。先ほど申し上げましたとおり、生まれ持った瞳の色なのかを確認します。お、お嬢様の瞳の色が魔法によって……その、変えられた色ではないという事を確認するのです」
それは——。
「それは、私の生まれを疑っているということ、ですか……?」
「え!? い、いいえ! お嬢様、そうではありません! 魔法を使えないお嬢様の入学は特例ですので……」
「……………」
「入学を認めるには、その代わりに侯爵家の血筋として今後の可能性があると証明をしないといけないのです。あの、形だけですから……」
「……………」
形だけと言うのなら、このようにみんなの前で検査までして証明が必要なことなの? お父様が私のことを血の繋がった娘だと言えばそれで済む話ではないの?
それではダメなの……?
それを、してくれなかったの……?
あぁ、これは私の生まれを疑っているということ。お父様がお母様を信じなかったということ。
でなければ、私の瞳が魔法で変えられているのでは? なんて思わない。思っていないのなら検査なんて必要ないでしょう?
本当に疑ってのこと? それとも——。
フレイアさんの言うように、この場で証明できれば私のためになるとでもまさか本気で思っているの……?
そんなわけはないよね。私が今、どれだけ恥ずかしく悲しいかなんて誰も分かっていないもの。
結局私の存在はお父様に信じてもらえていなかった。そう確信してしまったら、今まで我慢してきたものが溢れてきた。
涙が頬を伝わる。
この場にいる人たちは、私の瞳の色が金色のままなことを信じているのか。それとも別の色になるのを期待でもしているのだろうか。
こんな大勢の前でなんて惨めなんだろう。
涙を流してしまったことが悔しくて、顔を上げることができなかった。
お父様の顔も、お兄様の顔も見ることができない。二人がどんな顔をしているのか、私のことをどう思っているのか。
お兄様は……もしかしてこの検査の仕方を少なからず不快だと思ってくれたのだろうか。
きっと使用人たちはいい気味だと、心の中で笑っているのだろう。
「早く終わらせてくれないか」
シン、とした部屋の中にお父様の声だけが響いた。その声はどこか普段のお父様とは違った気がした。何かを、我慢しているような——。
「あっ、は、はい! お嬢様、検査といっても少し見るだけですのですぐに終わりますから。大丈夫ですから……」
「……………」
返事はできなかった。
魔法士の「大丈夫」という言葉は今の私の状況ではとても安心できるような言葉でも、信頼できる言葉でもなかったから。
魔法士が石のように小さな物を取り出した。それは魔石だろうか。
そしてすぐに私の足元には小さな魔法陣が現れた。
魔法士が何をしているのか、もちろん私には分からない。ただ動かずに立っていることしかできない。
魔法陣は小さく光ると、そのまま私を包み込んだ。それはとてもあたたかく、嫌な感じのするものではなかった。痛かったり、不快なものだったらどうしようかと心配していたけれど大丈夫だった。
「………うん?」
魔法士が一瞬、不可解そうな表情をした。
すぐに光はおさまり、魔法陣も消えた。
終わったのかな……。魔法で何をどう確認したのだろうか。
私の瞳が金色のままなのか不安になった。でもその不安はお母様がお父様を裏切ったかどうかのことではない。
金色に変えていることを疑われたのなら、金色から他の色に変えることだってできるということ。
誰かが悪意を持って私の瞳の色を別の色に変えたんじゃないか、という不安。
私の瞳は金色。だって、私だけは私はお母様を信じているもの。