21 【ソフィアのメイド、リタ】
「公女様!」
その時、パタパタと駆け寄ってくるメイドが見えた。どうしてこうもタイミング悪く……いえ、タイミング良く現れるのか。
メイドの表情はとても怒っているように見えた。それも、私に向けた怒りだ。
「公女様、大丈夫ですか!?」
いきなり現れたメイドにソフィアは驚いた。もちろん、私も。
メイドが急いで私たちへ駆け寄り、私からソフィアを引き離した。まるで今まさに私が危害を加えようとした瞬間のように。
その勢いにソフィアはよろめき、小さな悲鳴を上げた。
「っ、危ないじゃない」
けれど、メイドは私の言葉を無視した。
このメイドはたしか、フレイアさんが連れてきたメイドだ。メイドは泣いているソフィアの様子を確認した後、私を思いっきり睨んだ。
「公女様になんてことを! こんなに泣かせるなんて!」
「……なっ!」
どうしてそうなるの!?
「リタ、違うの! お姉さまは悪くないの……!」
「公女様、会場から勝手にいなくなってはいけません。皆様がとても心配しておりましたよ。私たちがどれだけ必死にお探ししたことか……」
そう言ったメイドは、汗を流しているわけでもなく、息を切らしているわけでもない。
一体どれだけ"必死に"探したのだろうか。
「ごめんなさい、私、お姉さまにお会いしないといけないと思って……。それにリタが……」
「そんなことで招待客の方々をお待たせしてはいけません」
「リタ、そんなことではないの。私は、」
「公女様」
このリタというメイドはソフィアの話を遮った。メイドならば、仕える人の話をこのように強く遮るなどあってはならないことだ。
「シアお嬢様、この事は奥様に報告させて頂きます」
メイドはソフィアの涙を拭きながら、私の顔すら見ずに言う。
このリタというメイドは今、フレイアさんのことを奥様と言った。あの時のメイドも奥様と言っていたけれど……まさかフレイアさんは侯爵家に籍が入ったとでもいうの?
「報告って……何をどう伝えるのかしら? 私がソフィアをいじめて泣かせたとでも言うの?」
「あら、違うとでも言うのですか? あぁ、お可哀想に……ソフィア公女様はこんなに泣いておられて。あなたがひどいことを言って泣かせたのではありませんか!」
「リタ! 本当に違うの……! お母さんに変なことを言うのはやめて!」
ソフィアはメイドに懇願して、余計に泣いてしまう。このメイドはどこから私たちの話を聞いていたの?
誤解されるような会話ではなかったはずだ。
むしろ私が泣きたいぐらいなのに。
「いいえ、公女様。それはできません。ソフィア様は公女なのですから、この方とは身分が違うのです。お分かりください」
「リタ! やめて!」
「……今、何と言ったの?」
メイドを睨みながら聞く。
私の聞き間違いでなければ、身分が違うと言ったのだろうか。私に?
「えぇ、そうです。あなたと公女様は身分が違うと言ったのです」
「………!」
聞き間違いなどではなく、このメイドはもう一度はっきりと言った。
「リタ、と言ったかしら。あなたのその態度は到底許されるものではないわ」
私はこの侯爵家の娘だ。メイドがこのような態度をしていいはずはない。
「"こういう態度"をしているのは私だけでしょうか? それにいったい誰が許さないというのです?」
「なっ、」
メイドはふふっと笑い、小馬鹿にしたような表情を隠そうともしない。
あまりにも堂々たる態度に、私の方が気圧されてしまった。まさか本人を前に、ここまで言うとは思っていなかった。
「リタもうやめて! お姉さまになんてこというのっ」
「さぁ、公女様。会場に戻りましょう」
メイドはもう私の方を見ていなかった。
「お姉さま、ごめんなさい、私がばかだった……。私がちゃんと考えていれば……」
ソフィアは泣きながら、私へ謝ってくれる。
私が聞かされて嫌なことだったとすぐに分かってくれた。
「さぁ、行きましょう公女様。みなさんがお待ちですよ。あぁ、でも……こんなに泣き腫らした目で戻られたらみなさんどう思うでしょう」
メイドは半ば無理やりソフィアを連れて行く。
ソフィアは「お姉さまっ」と、まだ何かを言いたそうにしていた。
私も振り返ることなく、足早にその場を離れた。