19 【魔獣】
魔法陣から小さな生き物が現れた。
少し怖がっているのか、耳をヒョコヒョコと動かしながら周りをきょろきょろと見ている。
「え、か、かわいい……」
「まだ子供なんだ」
毛並みは黒色で、所々灰色も交ざっている。見た目は子犬……より、狼に似ているかも? でも魔獣なだけあって、子供とはいえ牙と爪は立派だ。
「ほら、触ってあげてよ。君なら大丈夫だよ」
「え? でも、魔獣は気難しいって……」
魔獣は人の魔力に敏感なため、契約者以外にはあまり興味を抱かないと言われている。他人の命令を聞くこともないし、懐くことも難しいとか。
あ、そうか。私は魔力がないから大丈夫ってことなのかな……、と思ってしまい少しだけ悲しくなった。
「えっと、何か勘違いしているみたいだけど……この子は君のこと好きだと思うよ? ほら、大丈夫だから触ってあげて?」
そう言われて恐る恐る手を伸ばす。小さな魔獣は私の手の匂いを確認した後、嬉しそうにすり寄ってきた。撫でていいんだよ、と言われているみたいだ。
「………っ」
その姿に、なんだか嬉しくて鼻の奥がツンとしてしまう。
「ありがとう」
「ううん、またいつでも触らせてあげるよ」
「うん……」
「そうだ、この子の名前何がいいと思う?」
「え? 契約しているのに名前はまだなの?」
もう名付けしているものだと。聖獣や魔獣の契約は、血と名前の縛りによって結ばれる。
「うん、まだなんだ。僕の魔力がまだ安定していなくて。でも、血の契約は済んでるから他の人に取られたりしないから大丈夫だよ」
「そうなんだね」
「で、名前。何がいいと思う?」
そんなことを急に言われても困ってしまう。魔獣をジーっと見つめるてみると、この子も心なしか期待しているようにる見えてきてしまった。
どうしよう、何かいい名前をつけないと。
この子の綺麗な黒色の毛並みがよく目立っている。
「え、じゃぁ……クロ?」
「あははっ! 言うと思った!」
男の子は笑っている。
「わぅ……」
魔獣もなんだかがっかりしているように見える。え、だめだった? 可愛いと思ったんだけれど……。毛並み、綺麗だし。
「うん、いいかもね! クロ。参考にさせてもらうね」
「だめです、参考にしないで下さいっ。この子も不満みたい」
「そんなことないよ。ね?」
男の子は魔獣を優しく撫でる。
「わぅぅ」
「あれ……。ご機嫌ななめ? ダメ?」
やっぱり不満そうだ。でも、尻尾はふりふりと振っている。男の子と魔獣のやりとりを見ているとなんだか心が温かくなった。ここに来た時は悲しい気持ちだったのに。
それから少しだけ温かい無言の時間を過ごした。ずっとこうしていたいけれど、そういうわけにもいかないから。
「……さすがにもう会場に戻った方がいいと思います」
そう言いながら、服についた砂を払って立ち上がった。これ以上遅くなると早めに帰宅する招待客や使用人たちに会ってしまうかもしれない。
「うーん、仕方ないけどそうするよ。ねぇ、僕の魔獣はどうして君には心を許したと思う……?」
「え? それは、どうしてかな……」
前にも会っているから? 私は覚えていないのが残念だけれど。お客様が来ても私はお母様にべったりだったからな……。
「僕の魔獣は魔力に敏感なんだ。魔力がない人には興味も抱かないんだよ? だから——」
男の子が話している途中だけれど、他の音が耳に入ってきてしまった。近くで人の声が聞こえる。どうやら思っていたよりも時間が遅くなってしまったみたいだ。
もう帰宅する人が出てきているのなら私ももう部屋へと戻らないと。できればこのまま他の人には会いたくはない。だから急いで部屋に戻らないと。
「あの、ごめんなさい、もう行かないと」
「えっ。あのさ、」
「今日は本当にありがとう」
私は早足でその場を離れた。
「あ、待って! 僕たちまだ……」
男の子が私を止める声がするけれど、振り返らなかった。
あ。そういえば男の子に名前を聞いていない。せっかく魔獣まで会わせてくれたのに、名告りもせず失礼なことをしてしまった……。
でも、公爵家の子供だからすぐに分かるはずだ。だからもしまた次に会えたら……。