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12 【突然現れた女性と女の子】



 毎日不安に思いながらも大人しく過ごしていたのに。


 それは突然だった。


 なんの前触れもなく。


 十二歳になって何ヶ月か後のことだった。


「あの、シアお嬢様、侯爵様が本邸の応接室に今すぐ来るようお呼びだそうです……」


「え、お父様が……?」


 リリーを見れば表情はとても暗い。何かを言いたげな、伝えたいような、でも言えない、そんな表情だった。急に私を呼び出すなんて何かあったのかな……。


 リリーの表情に少し不安になりながらも、久しぶりにお父様に会えるということで急いで身なりを整えて部屋を出た。


 急いで本邸へ行くと、メイドたちが私を珍しそうに見ている。いつも離れに引きこもっていたからだろう。


 あぁ、嫌だな。


 応接室のある廊下まで来るとドアの前に立っていた執事がこちらをちらりと見た。息を落ち着かせ、身なりを整えて執事に私が来たことを告げてもらう。


 すぐにドアが開けられ、中へ入るよう言われる。探さなくても、お父様が目に入った。


 久しぶりのお父様だ。とても緊張する。


 お父様へ挨拶をしようとしたけれど、近くまで行ったところで私の体はぴたりと止まった。目に飛び込んできた光景に言葉が出てこなかった。


 中央、目の前にはお父様が座っている。


 右側のソファーにはお兄様が。 


 そしてお父様の向かいのソファーには赤の髪色の女性と、薄いピンクの髪色をした女の子が座っていた。ドアを背にしているため見えなかった。


 嫌な胸騒ぎがした。


 でも、早く、早くお父様に挨拶をしないと。でもこの人たちは誰? お父様のお客様? それならこの人たちにも挨拶をしないと……。


「あの、」


「お前は挨拶すらまともにできなくなったのか?」


 お父様の言葉に反射的にビクッとしてしまった。お父様は……こんな険しい表情をする人だったっけ……。


「まぁまぁ、侯爵様。まだこんなに小さな子供なんですもの。まだ十二歳、でしたかしら? 挨拶が少しくらいできなくてもいいじゃないですか。ね? 気にしなくても大丈夫よ」


 女性がにこりと私に微笑んだ。


 一見優しそうな女性に見えるが、私にはその言葉と表情に少しの違和感を覚えた。


「申し訳、ありません……」


「座れ」


 お父様に言われて、私は空いていた左側のソファーへと座った。目の前に座っているお兄様の表情は、心なしか暗いように見えた。


「二人は今日からこの屋敷で過ごす」


 お父様は何の前置きもなしに突然そう口にした。その表情は記憶の中のお父様と同じ、何の感情もない。


「その子は血の繋がった私の娘であり、侯爵家の三番目の子だ」

 

「え——?」


 あまりの衝撃に、私はとても間抜けな顔をしていると思う。けれどお父様はそれ以上何も言わない。


 なに、どういうことなの?

 一緒に暮らす? あの子が娘?


 誰かに何か言って欲しくてお兄様を見た。先ほどまでの暗い表情ではなく微かに怒りのような感情が見て取れた。


 女性を見ればただ微笑んでおり、娘だと言われた女の子は居心地が悪いのかソワソワとしている。


 女の子を見て一瞬心臓が止まったかと思った。

 

 その子の瞳が綺麗な金色だったから。

 顔を見ていなかったから気が付かなかった。


 お兄様はこの子の瞳の色から、お父様が言うことを察していたんだろう。


 金色の瞳は侯爵家の特徴だもの。 


 お父様が認めたのだから、お父様の子供だと私たちも認めるしかない。私たちが何かを言ったところで何も変わらない。


「この二人は東の別棟で生活してもらう」


 お父様の言葉に女性の頬が一瞬ピクリと動いた。


「まぁ……別棟、ですか?」


「そうだ。娘にも別棟で生活をさせているし、本邸は人の出入りが多い。ルカの後継者教育に支障がないよう生活環境を別にしている。……何か問題が?」


 ルカとは私のお兄様のことだ。


 私が別棟で生活している理由を改めてお父様の口から聞くと、なんとも虚しいものだった。


 とってつけたような理由。

 これだけ広い本邸で、私の存在がどう影響するというの?


 ただ、お兄様の邪魔をさせたくない、お父様の視界にも入れたくないだけでしょう?


「たしかに公子様のお邪魔になってはいけませんわね。侯爵家の後継者としてそれはそれは多くのことを学んでいるはずですもの。でももし——」


 女性はそこで言葉を切り、お父様の目を真っ直ぐに見た。


「もし、娘のソフィアが侯爵家の能力を発現することができたら、その時はこの子も公子様と同じように学ぶことを許して頂けるのですよね?」


 え——。


 そうか、そうだよね……。


 このソフィアという子だって、お父様の子なんだもの。この子だって侯爵家の能力を受け継いでいるはずだ。


「あぁ……」


 お父様はしばらく考えた後、頷いた。


 能力が発現するとことが本邸で過ごせる条件にでもなったの?


 なら、私は——?

 侯爵家の能力がない私は、本邸で生活することすら許されない存在ということなのね。


「あぁ、シアさん、ごめんなさい。あなたの気持ちも考えずに軽々しく言ってしまったわ。でも、どうかこの子の可能性を潰さないであげて欲しいの」


 潰さないで、ってどういうこと?

 まさか私が何かするとでも……?


「いえ……私のことは、気にしないで下さい」


「まぁ、ありがとう! 優しいのね。シアさん、この子はソフィア。あなたの二つ下なの。私の名はフレイアよ、どうかこれからよろしくね?」


「はい、よろしくお願いします……」


「さぁ、ソフィア。あなたもご挨拶しなさい」


 隣に座っていた女の子はソワソワとこちらに視線を向けた。


「よ、よろしくお願いします」

 

 小さなその声はとても可愛らしいものだった。

 にこりと笑ったソフィアの瞳は綺麗な金色に輝いていた。


 金色の瞳に見つめられてなぜか私はここにいることが恥ずかしく思えてしまった。


 この二人に私の手が震えていることを気付かれたくない。動揺していることを悟られたくない。


 私は両手をぎゅっと握りしめた。爪が食い込んで痛いけれど、その痛みが今は心を安定させてくれる。


「ソフィア、公子様にももう一度ご挨拶しなさい。公子様、私の娘ですが……」


 フレイアさんが話しかけたところで、お兄様は急に立ち上がった。


「まぁ、公子様?」


「父様、明日の準備がありますのでお先に失礼しても?」


「あぁ、そうしなさい。お前も……部屋に戻りなさい」


 その後、なんと言って応接室を出たのか覚えていない。


 私は力の入らない足を引きずるように部屋へと戻った。



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