婚約破棄されたので、腹いせにマシンガンで皆殺しにすることにした
今日は記念すべき日。
私とフリードリヒの婚約記念パーティーが開かれる。大きな会場を貸し切って、たくさんの方々を呼んで、私たちの婚約を祝ってもらう。私のこの幸福な気持ちを皆様と共有するのだ。私は純白のドレスを着て会場へと向かった。
「それでは、本日の主役のお二人に登場していただきましょう。アデリーナ様とフリードリヒ様です!」
会場が拍手の音で満たされる。
私とフリードリヒが壇上へ上がった。
私は幸福に満たされていたが、フリードリヒはなぜか俯き加減でにやにやと、私とはまったく別種の笑みを浮かべていた。どうして、そんな表情をしているの?
「今日は、皆さまに話したいことが――重大な発表があります」
壇上に上がるなりフリードリヒは言った。
重大な発表? 婚約のことかしら? でもそれはみんな知っているはず……。改めて、自らの口で、声で、伝えたいのだろうか?
会場が静まり返る。
「私、フリードリヒ・アッカーラインは――彼女、アデリーナとの婚約を……」
婚約を……したことを発表いたします???
「破棄させていただきます」
…………は?
はき、ハキ、破棄。破棄破棄破棄破棄???
「えっ、あっ、ちょ、ちょっと、どういうことですか? 冗談にしても――」
「冗談ではないんだよ」
「では――」
「この結婚は私の意思を排した、両親同士が決めたもの。そもそも、私はあなたと結婚したくなんてなかった」
「そ、そんな……」
衝撃の事実だった。
私たちは愛し合っていると思っていた。私はフリードリヒにとても愛されていると、世界一の幸せ者であると思っていた。
でもそれは偽りの愛だった。いや、偽りの愛どころか――私がただ、それを勝手に愛であると錯覚していただけだったのだ。
「大体、どうしてお前のような地味女と王国に轟く優男のこの私が結婚しなくてはならないのだ? 釣り合ってないだろう!」
「ぐっ……」
地味女だという自覚はある、だけど、それを婚約者に指摘されるのはきつい。精神にズドンと響く。とても重い。
「でも、私たちの両親が決めた結婚を、フリードリヒ、あなたの意思で破棄するなんて――」
――できないはず。
私の反論に――。
「できるのだよ」と彼は言った。「君の父君は先日、大きなミスをやらかした。そのことは知っているかい?」
「え、ええ……。詳しくはよくわからないですけど……」
父は何も教えてくれなかった。ただ、焦ってはいた。挙動不審で、ぶつぶつとよくわからない独り言を言いながら、家の中を行ったり来たりしていた。
「そのミスによって、君の家は爵位を剥奪された」
「は、剥奪!? そんなこと、私は聞いてません!」
「そりゃあそうだろう。そのことが発表されたのは、ほんの10分前なのだから」
「な、なんですって!?」
フリードリヒの様子が変わったのは――10分前だった。
「つまり、今の君は平民で、私は変わらず貴族だ。貴族と平民――まったく異なる身分の二人が結婚するなんて、まったくおかしな話だろう?」
――ゆえに、この婚約破棄は認められる。
ぷつん。
そこから先は、記憶がない。
後から執事のタクローから聞いた話だと、発狂し錯乱した私は暴れまくって、それを彼が羽交い絞めにして押さえつけて家まで連れ帰ったらしい。
会場に招待された客は、みんな私を嘲笑った。彼らはもともと、私とフリードリヒの婚約に否定的だったらしい。
「フリードリヒ様はお嬢様とは別の方と婚約されるようですよ」タクローは言った。
「別の方?」
「ええ。噂によると、デボラ様だとか」
「デボラって……あの?」
「はい。お嬢様をいじめていた、あの方です」
デボラは学院時代の私の同級生で、私は彼女から随分長い間陰湿ないじめを受けていた。彼女は性格は悪いけれど、それに対して容姿は良い。抜群に良い。デボラをめぐって男たちの醜い争いが勃発して、死傷者が出るくらいだ。
「クソがっ……」
「お嬢様、そのような汚らしい言葉をお使いになるのはおやめください」
たしなめるタクローを私は無視して続ける。
「フリードリヒもデボラも客どもも、全員ぶっ殺してやる! 皆殺しにしてやるうううぅぅ……」
そういえば、タクローは異なる世界からやってきた『異世界人』だとか。異世界人なら、この世界にはない兵器を作ったり持っていたりしていてもおかしくはない。
「タクロー、非力の私でもお手軽に大量殺戮できるすばらしい兵器はないのかしら?」
タクローは考えた後、
「ありますよ」
「どんな兵器?」
「マシンガンです」
「マシンガン?」
「ええ。この前趣味で作ったマシンガンが、確か倉庫に眠っていたはず……」
タクローは倉庫に行って、そのマシンガンとやらを二つ持ってきた。それはなかなかのサイズで、非力な私が持つには少し重い。でも、持てなくはない。
「ここの、引き金を引けば弾丸が発射され、人々を無残に殺すでしょう」
「すばらしい」
私は狂気に満ち満ちた声で言った。
「タクロー。フリードリヒとデボラの婚約記念パーティーがいつ開かれるかわかる?」
「一週間後でございます、お嬢様」
「よろしい。皆を地獄へと送って差し上げましょう」
「御意」
◇
フリードリヒとデボラの記念パーティー当日。
私とタクローはマシンガンを布でくるんで、パーティー会場の中へ入った。ドレスやタキシードを着た上品な人々。しかし、その内面までが上品だとは限らない。
「皆さま、お待たせいたしました。本日の主役のお二人に登場していただきましょう。デボラ様とフリードリヒ様です!」
拍手喝采。
私のときより遥かに盛り上がっている。
憎きフリードリヒとデボラが壇上に上がる。二人とも幸せの絶頂にいるかのような表情。今が絶頂なら、後はもう落ちるだけだよね?
「皆さま、先週はお見苦しいところをお見せしまして誠に申し訳ありませんでした」
フリードリヒが言った。少し言葉がおかしいような気がしないでもない。まあ、そんなことはどうでもいい。
「私、フリードリヒ・アッカーラインはデボラと婚約したことを、報告させていただきます」
愚かな群衆が、二人にキスをするように、などと言う。
フリードリヒとデボラはきつく抱き合い、そして――
「デボラ。愛してるよ」
「私もよ。フリードリヒ」
二人がキスをしたタイミングで、
「今です、お嬢様」
「ええ」
私とタクローは布を取り、黒々と輝くマシンガンを構えた。
人々は当初、それが何なのか、この二人がなにをしようとしているのか、まったく理解できずにいた。そして、それがマシンガンという非常に殺傷能力が高い兵器で、自身に鉛玉をぶち込まれることを理解する前に――この世界から退場した。
ズダダダダダダダダダダダダダダダ!
ズダダダダダダダダダダダダダダダ!
私とタクローのマシンガンが火を噴いた。一定のリズムで音を奏でながら吐き出される鉛玉。それは人々に死をプレゼントした。
「きゃあああああああああ!」
「うわあああああああああ!」
「助けてええええええええ!」
「逃げろおおおおおおおお!」
逃げ惑う人々を一人たりとも逃さない。断固たる意志で、私とタクローはマシンガンを撃ち続ける。会場の入口は私たちのすぐ後ろの一つしかない。彼らが死から逃れるためには、私たちを殺すかマシンガンを奪う必要がある。しかし、彼らが私たちに触れられる距離までたどり着く前に、鉛玉の餌食となる。
血と硝煙の匂い。
「はっはっは! どうですか、お嬢様!? すばらしいでしょう? すばらしい兵器でしょう、このマシンガンは!」
「ええ。ええ。すばらしいわ! 最高ですわ! さあ。さあさあさあ、もっともっと鉛玉をくれてやりましょう! この会場にいる全員に、等しく死をプレゼントいたしましょう!」
ズダダダダダダダダダダダダダダダ!
ズダダダダダダダダダダダダダダダ!
やがて、あんなに響いていた悲鳴もなくなり、マシンガンを撃つのをやめると、音がすべて消えてしまった。静寂の中にいるのは、私とタクロー、そしてメインディッシュの二人だけ。
二人はその場から動けず、壇上の上で抱き合いながら震えていた。
私とタクローが近づくと、「ひっ……」と小さく悲鳴を上げた。顔は青ざめていて、足元はぐっしょりと濡れていた。
「こんばんは、フリードリヒ。デボラ」
「アデリーナ……どうしてこんなことを……?」彼は言った。
「どうして? あなた、婚約破棄したじゃない。忘れたの? その復讐よ」
「だからってこんなこと……婚約破棄されたくらいで――」
ズドン!
「んぐうわあああああああ!?」
「婚約破棄されたくらい? ふざけやがって。あの日、私の幸せはすべて奪われたのよ。ええ、わかってる。これが身勝手な復讐だってことくらい。でもね、私はどうしても許せなかった。何もかもが許せず、何もかもが憎い。憎い憎い! だから、全部殺すの」
「狂ってる……」
「ええ、そうよ。私は狂ってる。でも、狂わせたのはあなたなのよ。それをちゃあんと理解して――死んで」
「やめろおおおおおおおっ!」
ズダダダダダダ!
フリードリヒはたくさんの鉛玉を喰らって死んだ。嗚呼、かわいそうなフリードリヒ。幸せは長い間続かなかったのね。
「最後はお前だ」
「お、お願い。許して、アデリーナ!」
「デボラ。私が一番許せないのは、一番憎いのは、あなたよ、デボラ。よくも、私のことをたくさんたっくさんいじめてくれたわね」
「謝るから。ごめんごめんごめん!」
「謝らなくていいよ。ただ、死んで」
「いやっ! いやあああああああっ!」
ズダダダダダダ!
デボラが死んだ。
死んだ死んだ、全員死んだ。この会場には数多の死体と、大量に流れ出た血。ばらまかれた鉛玉。生きているのは、私とタクロー。
「いかがでした、お嬢様?」
「すっきりしました」
「これから、どうなさいますか?」
「逃げましょう。どこか遠くへ」
「かしこまりました。お供いたしましょう」
「ええ。これからもよろしくね、タクロー」
「はい。アデリーナお嬢様」
私とタクローは歩き出した。どこか遠くへと。どこに行くのかはわからない。どこにたどり着くのかもわからない。どうなるのかもわからない。
これは、ただの自己満足の復讐だ。
「私のことを恨んでも構わないのよ」
私は死者に呟いた。
死者からの返事はなかった。